いいことあると信じて

 ダンスが終わったと思ったら、今度は仕事においてある任務が…。でも1年目の者にとっては仕事を極める上では重要なので、こちらも必死で頑張りたいです。普段の仕事に追われて、時間や余裕がない中ですが、なんとか、やっていきます。

 

 あと困ったことは、なんだが職場では、2度も忘年会があります。正直やめてくれーです。その分、夜は残業できない訳で…。1年目の者にとって、職場の忘年会なんて、気を遣うしかないですし…。ハァーって感じです。それもまた1年目の者が1つは幹事とかやらないといけないらしく、もう勘弁してくれーという具合です。

 

 辛いことが多いですが、それでも何とか頑張っていこう。いつか、いいことあると信じて。

大阪の名門テキヤ組織・今西組

 

 大阪の名門テキヤ組織として知られたのが今西組です(*1)。初代組長・今西貞吉が明治時代に立ち上げました(*1)。今西組二代目組長を辻野巳之吉が継ぎ、三代目組長を辻野清八が継ぎました(*1)。三代目組長の辻野清八は、二代目組長の辻野巳之吉の実子です(*1)。辻野清八は、大阪のテキヤ組織団体「社団法人大阪神農商業協同組合」の立ち上げを率いて、後に同組合の名誉会長に就任します(*1)。大阪のテキヤ業界で、今西組が重要な位置を占めていたことが窺えます。1964年8月、今西組三代目組長の辻野清八が死去します(*1)。

 

 三代目組長の辻野清八存命中に、辻野清八の実弟・辻野嘉兵衛が四代目組長を継いでいました(*1)。今西組の二~四代目組長を辻野一族が占めていたことになります。四代目組長の辻野嘉兵衛死去後、1990年10月に五代目組長を継いだのが辻野八郎です(*2)。五代目組長の辻野八郎が、二~四代目組長の辻野一族と同じだったかは、手元にある資料では確認できません。今西組五代目組長の継承式は、1990年10月8日、大阪市中央区の酒梅組特設神殿で実施されました(*2)。

 

 酒梅組は「金筋博徒」として知られる大阪の老舗博徒組織です(*3)。テキヤ組織の今西組は、他団体であることに加えて、稼業違いの博徒組織の施設で継承式を行ったのです。継承式取持人は酒梅組若頭の中下元治、推薦人は酒梅組相談役の隈村都美男と同じく相談役の清水岩雄、媒酌人は酒梅組舎弟の河崎巌でした(*3)。継承式の内容から、酒梅組の今西組に対する影響力の強さが窺われます。

 

 当時の酒梅組は、五代目谷口正雄組長体制(1979~1995年)でした(*3)。谷口正雄組長体制時に酒梅組は組織を拡大しました(*3)。1983年当時、酒梅組の勢力は傘下32団体、874人の組員でした(*4)。1993年暴対法の指定時、酒梅組の勢力は傘下32団体、約450人の組員でした(*3)。2017年現在、警察庁平成28年暴力団情勢」によれば、酒梅組の勢力は約30人の組員です(*5)。現在に至るまで、酒梅組の勢力は減少の一途を辿っています。しかし今西組五代目組長継承式時の1990年には、酒梅組が一定の勢力を持っていたことが分かります。その後、今西組は酒梅組傘下に入りました(*2)。

 

<引用・参考文献>

*1 『洋泉社MOOK・義理回状とヤクザの世界』(有限会社創雄社実話時代編集部編、2001年、洋泉社), p64-65

*2 『実話時代』2016年1月号, p51-52

*3 『洋泉社MOOK・ヤクザ・指定24組織の全貌』(有限会社創雄社・実話時代編集部編、2002年、洋泉社), p128-132

*4 『闘いいまだ終わらず 現代浪華遊俠伝・川口和秀』(山平重樹、2016年、幻冬舎アウトロー文庫), p191

*5 警察庁平成28年暴力団情勢」, p34

暴対法の規制対象行為

 1992年3月1日に施行された暴対法の正式名称は、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」です(*1)。1992年以降改正を重ねていった暴対法は、ヤクザ組織の活動領域を狭めることに一定の役割を果たしました。暴対法により警察当局は、暴対法が定める「不当な行為」を行った組員を検挙及び逮捕できます。「不当な行為」とは、民事介入暴力のことです(*2)。暴対法は、ヤクザ組織の全ての犯罪行為を処罰する法律ではありません。ヤクザ組織の主要な資金獲得業である「覚醒剤の販売」の場合、販売に関わった組員は覚醒剤取締法により処罰されます。民事介入暴力とは、暴力を背景として経済活動することで、端的な例がバブル期に流行った地上げ行為です(*2)。

 

 暴対法が定める「不当な行為」とは、暴力団員の規制対象行為のことであり、全て暴対法に列挙されています(*3)。「寄付金や賛助金等を要求する行為」「下請参入等を要求する行為」「不当な方法で債権を取り立てる行為」等が、暴対法では規制対象行為とされています(*3)。通常、民間人が寄付金を要求、下請参入を要求しても処罰されることはありません。「暴力団員」という属性の有無だけで、処罰が決定される法律です。

 

 暴対法は「暴力団員」を、「指定暴力団」に属する者としています(*4)。ヤクザ組織を「指定暴力団」と指定するのは各都道府県の公安委員会です。非指定のヤクザ組織の構成員は、暴対法の適用外ということになります。指定要件は「資金獲得のために威力を利用することを構成員に容認していること」「犯罪経歴の保有者が一定の割合以上存在していること」「代表者等の統制のもとに階層的に構成されていること」の3つです(*4)。指定される為には、3つ全て満たしている必要があります(*4)。2要件満たしていても、指定には至りません。

 

<引用・参考文献>

*1 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p158

*2 『現代ヤクザ大事典』, p66

*3 『マル暴捜査』(今井良、2017年、新潮新書), p33-36

*4 『マル暴捜査』, p27-28

五代目山口組の上納金の変遷(1次団体における)

  五代目山口組時代(1989~2005年)、2次団体トップ(直参)が毎月支払う上納金額は変遷していました。五代目体制が開始した1989年から1994年は「最高幹部・舎弟:105万」「直参:85万円」の上納金でした(*1)。1994~1998年は「最高幹部・舎弟:105万」「直参:65万円」の上納金でした(*1)。最高幹部・舎弟は据え置き、直参は減額されました。

 

 1998~2004年は「最高幹部・舎弟:70万」「直参:50万円」の上納金でした(*1)。最高幹部・舎弟、直参ともに減額されました。五代目体制開始時の1989年(「最高幹部・舎弟:105万」「直参:85万円」)から比較すると、最高幹部・舎弟の上納金は33%減、直参の上納金は41%減になっています。バブル崩壊以降の経済停滞の影響を山口組も受けたことが窺い知れます。

 

 しかし2004年上納金は「最高幹部・舎弟:100万」「直参:80万円」に変更されます(*1)。1998~2004年に比べて、最高幹部・舎弟の上納金は43%増、直参の上納金は60%増になりました。経済の状況、山口組内での状況等、複合的な要因によって決定されたと考えられます。2005年以降の六代目体制においては、直参の上納金は85万円となりました(*2)。

 

 2015年の山口組分裂以降、山口組直参の上納金は85万円から減額された模様です(*2)。山口組を脱退したグループにより結成された神戸山口組は上納金を、役職30万円、中堅20万円、若中(役職なし、中堅ではない2次団体トップ)10万円に設定しました(*3)。五代目体制に比しても、神戸山口組の上納金は低いです。神戸山口組の低い上納金に対抗して、山口組側は上納金を減額したと考えられます。

 

<引用・参考文献>

*1 『洋泉社MOOK・山口組・東京戦争』(有限会社創雄社編、2005年、洋泉社), p35,139

*2 『最新ビジュアルDX版! 山口組分裂「六神抗争」365日の全内幕』(宝島特別取材班編、2016年、宝島社), p119

*3 『山口組 分裂抗争の全内幕』(西岡研介鈴木智彦+伊藤博敏+夏原武 ほか、2016年、宝島SUGOI文庫), p113

叱られた後の三カ条

 仕事のことでこの前、上司に叱られました。この前だけではなく、最近は叱られることが多いです。任せられる仕事が以前よりは重要になっています。また4月からこの仕事を始めて約7カ月、上司としても「これぐらいはオマエやってくれよな」という期待もあるのでしょう。

 

 仕事はお給料をもらっている以上、シビアな世界です。結果を出せない自分が悪いです。またやはり組織の一員である以上、先輩に対しては、一定の配慮が必要です。それに欠ける行動をした自分に落ち度があります。

 

 叱られているうちは、まだ良い方と思って。謙虚にやっていくしかないです。あっちも、こっちを多少は思って、言ってくれているのだから。こういう時こそ、以下のことに気をつけてやっていきたいです。

 

【叱られた後の三カ条】

・仕事に影響を及ぼさない

*仕事に関わる方々に、感情的になってはいけない

 

・拗ねた行動はとらない

*拗ねても、誰も同情してくれません。ここは超重要

 

・注意された、命じられた内容は即改善、即行動していく

*「早い行動」。これは新人にもできることです

 

 以上を頑張ってやっていこうと思います。

 あと、何のために自分はこの仕事に就いたのか。そういう原点に立ち返って、仕事をしていきたいです。学校に行って、経済的にも苦労しながら資格をとった訳です。その中で、自分の中で、今の仕事への志ができた訳です。誰にも負けない。

 

 その目標の為には、しっかりと今は実力をつけるとき。時には理不尽で、そこはグッとこらえて、色々学んでいかないと、実力はついていかないです。やはり嫌われたら、情報は入ってきません。

 

 必要以上に媚びる必要はないですが、以上に挙げた3つの行動だけはしっかりと守っていこうと思います。そこに意地を張っていくぞ!!!高みを目指す!!!

ノミ屋は今やヤクザビジネスの不況業種

 ヤクザ組織が手掛けるビジネスにおいても、流行り廃りがあります。廃りの代表例がノミ屋です。公営ギャンブルを主催する団体に代わり、公営ギャンブルの「胴元」になるのがノミ屋です。現在日本の公営ギャンブルは競馬、競輪、競艇オートレースの4種目です。ノミ屋は賭け金を受け付け、公営ギャンブルの主催者と同様、公営ギャンブルの勝敗結果に応じた配当を行います。これまで公営ギャンブル利用者は、各公営ギャンブル施設に足を運び、馬券や車券、舟券を購入してきました。一方、ノミ屋を利用すると、ノミ屋に電話して買い目と金額を告げるだけで済みました。電話を介してのやり取りの為、集金や配当は後日になります。ノミ屋独自の「電話注文対応」は利用者にとって時間を節約できる有難いサービスでした。当然、ノミ屋を利用する行為は違法となります。

*今回記事を作成するにあたり『裏経済パクリの手口99』(日名子暁、1995年、かんき出版)、『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社)、『週刊SPA!』2016年5月24日号の情報を参考にさせて頂きました。

 

 また控除率(テラ銭)の低さも、ノミ屋の魅力の一つでした。競馬の場合、実際の主催者であるJRA控除率は25%です。一方、ノミ屋の場合、『現代ヤクザ大事典』(192P)によれば、控除率は15%ということです。券の割引販売、負け金のディスカウントといった形で、利用者には還元されました。一方、大穴対策として、当たり馬券の上限が設けられています。『裏経済パクリの手口99』(103P)によると、「中央競馬だと一万円、荒れる地方競馬は五千円といったぐあいだ」とのことです。さらに中小のノミ屋では対応できない大口注文が入った場合、大きなノミ屋が代わりに引受けて対応します。ノミ屋を運営する為には、集金力と莫大な資金、加えて裏社会のネットワークが必要となります。ヤクザ組織が適任となります。

 

 しかし近年、公営ギャンブルがインターネット投票を導入したことにより、ノミ屋の「電話注文対応」の利点が消滅しました。『週刊SPA!』2016年5月24日号(30P)によれば、「ここ10年で最も大きな打撃を受けたのはノミ屋です」とのことで、ノミ屋ビジネスの厳しさを伝えています。

福博連合

 九州・福岡県福岡市に拠点を置く福博会は、1985年9月に立ち上げられた親睦団体「福博睦会」を源流とします(*1)。梅津会、羽衣会、太田会、強友会、太住会、平野組、中丸会、永尾一家の博多地区の独立団体に加えて、山口組2次団体・伊豆組の計9団体によって親睦団体「福博睦会」は構成されていました(*2)。福博睦会はトップ職を置かず、代紋(組織の家紋)も持たない文字通りの親睦団体でした(*3)。1990年8月、福博睦会の伊豆組を除く地元8団体が新団体・福博連合を結成します(*1)。福博連合は、親睦団体ではなく、2次団体の集合体、言い換えれば「連合型の1次団体」という位置づけで結成されました(*1)。組織結成時、8団体のトップ間で五分の義兄弟盃が交わされました(*1)。福博連合はトップ職を置かず、月当番で8団体のトップに「世話役」を担当させる方式で、組織運営をしていました(*1)。8団体の平等性を優先した1次団体でした。伊豆組は、組長の伊豆健児が「福博連合の顧問」に就任する形で、福博連合に関与していました(*1)。山口組とは友好関係にはありました。また福博連合は代紋を作りました(*1)。

 

 1992年、福博連合は福博会に組織名を変えて、同時に組織改革も行いました(*1)。組織改革として、福博連合ではなかったトップ職が設けられました(*1)。福博会の初代会長には、梅津会トップの梅津明が就きました(*1)。翌年1993年6月、梅津明は五代目山口組渡辺芳則組長から舎弟盃を受けました(*1)。「代紋違いの舎弟」になったことで、福博会は山口組と親戚関係になりました(*1)。1992年に施行された暴対法に、福博会は即時指定されませんでした。福博会が「指定暴力団」に指定されたのは2000年2月でした(*1)。1999年に起きた福博会の内部抗争が要因の1つとされています(*1)。「指定暴力団」の指定要件として、「資金獲得のために威力を利用することを構成員に容認していること」「犯罪経歴の保有者が一定の割合以上存在していること」「代表者等の統制のもとに階層的に構成されていること」の3つがあります(*4)。3つ全て満たしたと見なされた組織が、都道府県の公安委員会によって「指定暴力団」として指定されます(*4)。発足から指定される8年間、福博会が3要件を満たしていなかったことが要因なのか、それとも恣意的に指定されなかったのかは分かりません。

 

<引用・参考文献>

*1 『洋泉社MOOK・ヤクザ・指定24組織の全貌』(有限会社創雄社・実話時代編集部編、2002年、洋泉社), p170-172

*2 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p165

*3 『現代ヤクザ大事典』, p45

*4 『マル暴捜査』(今井良、2017年、新潮新書), p28