自分を安売りしない

 人から同情を買ってもらうのを期待しているようじゃダメで。やっぱり自分に自信を持って(無くても持つ!!)、生きていくことが大事なんだと思いました。

 

 「どうせ自分なんか…」と自分を憐れむこと僕もしてしまいますが。ただずっとそれをしていても事態は改善しません。前向きな気持ち、日々の行動力、そして努力。こういったことが重要です。

 

 自分を安売りせず。堂々と。この言葉をしっかり頭に入れて、秋の時期過ごしていきたいです。

トイチ

 

 闇金融で用いられる「トイチ」は、「10日で1割の利子」という意味です(*1)。利用者は10万円借りたら、10日後「11万円」で返済します。闇金融の利用者で元金を返せる人は恐らく稀で、1割の利子を返し続けることになります。1年間の利子返済額は約36万円([365日÷10日]×[1万円])になります。利子返済額が元金額の約3.6倍になっています。

 

<引用・参考文献>

*1 『ウラ金融』(青木雄二、2002年、徳間文庫), p64-66

「読める字」を書く!!!

決めました。

 

僕の仕事では、結構な割合で字を書く作業があります。

僕は子供のころから、字が汚く、よく先生に「もっと字をきれいに書くように」と言われたものです。

 

大人になって履歴書を書く時になると、時間をかけて、なんとか対応していましたが。

今の仕事のように大量に書くとなると、それも時間に追われてとなると、物凄く字が汚くなってしまいます。

 

これまで忙しさで字について振り返る余裕がなかったのですが。

少し余裕が生まれた最近、自分の字を振り返ると。見過ごせなくなってしまいました。

 

明らかに、読みにくい。

読む気が失せる。

 

そんな字なのです。

 

やはり後で読み返す自分の為、また他の人が読む為にも、「読める字」を書く必要があります。

信用問題にも直結する気がしてきました。

 

気づくの遅いよ…。

という突っ込みが入りそうですけど。

 

まだ間に合うと信じて、「読める字」を書けるように取り組んでいきます。

 

なのでまずブログで表明することで。

覚悟を持つことにしました。

 

とはいえ1カ月前から、意識を持って取り組んでいるのですが。

向上していないんですよね…。

どうしてもまだ時間に追われたり、疲れがあったりすると。

早く書いてしまい、結果汚い字のまま…。

 

ペン字の教室に通うおうかとも思ったのですが。

休日は今の仕事の勉強会を優先したいので。断念。

 

なので本屋さんでペン字練習帳を買って、模写をし始めました。

とりあえず仕事から帰ったら、家で模写の練習をコツコツしていこうと思います。

ずっと続ける訳ではなく。ある程度「読める字」を書けるまでの辛抱と思えばやれるはず。

 

ともかく「汚い字」の克服。

残り少なくなった今年の目標です。

 

意地出して、やるぞ~~!!!!

外若

 

 ヤクザ組織に外若(そとわか)という者がいました(*1)。「外の若い者」という意味合いから来ていると考えられ、外若は組織の会議に出ず、上納金を払いませんでした(*1)。外若はいわゆる「準構成員」の部類に入ると考えられます。広島のヤクザ組織がよく用いていた言葉です(*1)。

 

 外若は、1992年施行された暴対法(「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」)が背景にあると考えられます(*2)。暴対法以前から外若が存在していた可能性もありますが、暴対法によりヤクザ組織の構成員は刑事罰が重くなりました(*2)。組織活動に制限が加えられたヤクザ組織は「構成員以外」の仲間を作ることを余儀なくされたと考えられます。

 

<引用・参考文献>

*1 『ヤクザ1000人に会いました!』(鈴木智彦、2012年、宝島SUGOI文庫), p259

*2 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社), p158

見返りを期待せず

 昔、といっても数年前ぐらいですけど。人から見返りを期待せず、いや嫌われてもいいから、信念に従って何かをやるということをしていたなあ~と、さっき思い返してみました。

 

 意外とそのほうが楽な面もあります。もちろん一人よがりになってはいけませんが。人に期待しないということ。まあ利用してくるセコイ連中は見極めて…。

 

   強くなっていくためには、孤独にやっていくことも必要かもしれませんし。でも面白さは忘れずにいきたいですね。

 

 ともかく明日はいいことあると、信じて(明日にだけは“期待”させてください)。今日は寝るとします。

酒梅組

 

  酒梅組は大阪市を拠点に活動し、2016年時で約30人の構成員を抱え、公安委員会から指定暴力団に指定さています(*1)。酒梅組は明治中期、鳶梅吉によって結成された博徒組織です(*2)。以降、酒梅組は大阪市中央区浪速区北部を活動範囲としました(*3)。現在大阪市二大繁華街のミナミを酒梅組は資金源としていたことが分かります。1931年、初代の鳶梅吉は死去しました(*4)。二代目組長に田中勇吉が就任しましたが、1935年死去しました(*4)。三代目組長に就任したのが松山庄次郎でした(*4)。

 

 太平洋戦争終了(1945年)後、酒梅組は従来の賭博ビジネスを活発化させていきました(*2)。また松山庄次郎は全日本プロレス協会を設立、会長になり、興行界に影響力を及ぼしました(*4)。1958年頃飛田遊郭ビジネスは、酒海組2次団体・鬼頭組により仕切られていました(*5)。酒梅組が賭博ビジネス以外の資金獲得業を行っていたことが分かります。

 

 1961年松山庄次郎は死去しました(*4)。三代目松山庄次郎の死去から3年後、1964年四代目組長に中納幸男が就任しました(*4)。3年間のトップ不在期間は、円滑に四代目組長が決まらなかったことを物語っています。1979年中納幸男が引退、五代目組長に谷口正雄が就任しました(*4)。五代目組長谷口正雄体制(1979~1995年)時、酒梅組は最盛期構成員約2,000人を持ち、勢いにのっていました(*4)。1964年、ヤクザ組織に対する警察庁の取締り強化(通称:頂上作戦)に並行して、賭博の非現行検挙が実施され、ヤクザ組織の賭博ビジネスは打撃を受けました(*6)。1979~1995年間の勢力伸張から、酒梅組が賭博ビジネス以外の資金獲得業にも長けていたことが考えられます。

 

 1995年谷口正雄が死去、翌1996年大山光司が六代目組長に就任しました(*4)。1999年金山耕三朗が七代目組長に就任しました(*4)。2009年金山耕三朗が引退、翌2010年南喜雅が八代目組長に就任しました(*2)。2013年南喜雅が引退、吉村光男が九代目組長に就任しました(*2)。

 

 三代目組長松山庄次郎体制時(1935~1961年)、酒梅組は山口組と親戚関係を結びました(*2)。松山庄次郎は山口組三代目組長田岡一雄と兄弟分の関係でした(*2)。以降も酒梅組と山口組の親戚関係は続きました(*2)。酒梅組は山口組と大規模な抗争をせず、現在に至っています。戦後、大阪の有名博徒組織として、松田組が知られていました(*7)。戦後、松田組は大阪市西成を拠点に結成されました(*7)。松田組の主な資金獲得業は賭博でした(*7)。

 

 松田組は関西二十日会(1970~1989年)に参加していました(*8)。関西二十日会は「反山口組」の性格が強い親睦団体でした(*8)。松田組は1975~1978年山口組と抗争、結果、組織縮小に陥りました(*7)。松田組は松田連合と改名するも、1983年解散しました(*7)。松田組の例を踏まえると、山口組との親戚関係も、酒梅組の存続において重要であったと考えられます。

 

<引用・参考文献>

*1 警察庁平成28年における 組織犯罪の情勢」, p34

*2 『実話時代』2015年7月号, p40

*3 『実話時代』2018年9月号, p46-47

*4 『洋泉社MOOK・ヤクザ・指定24組織の全貌』(有限会社創雄社・実話時代編集部編、2002年、洋泉社), p128-133

*5 『実話時代』2017年1月号, p26-27

*6 『ヤクザ大辞典』(山平重樹監修、週刊大衆編集部編・著、2002年、双葉文庫), p108-109

*7『洋泉社MOOK・ヤクザ・流血の抗争史』(有限会社創雄社・実話時代編集部編、2001年、洋泉社), p116-124

*8『実話時代』2017年9月号, p29-30

瀬戸一家

 

 山口組2次団体・瀬戸一家は、江戸時代末期に生まれた博徒組織を由来とします(*1)。瀬戸一家は1991年山口組の傘下に入りました(*2)。過去、瀬戸一家の縄張りは日本最大といわれました(*2)。1961年瀬戸一家が中京熊屋恵那分家の田中亀吉に貸し出した縄張り(岐阜県中津川市周辺)を巡り、抗争が勃発しました(*3)。

 

 田中亀吉は中津川市周辺の縄張りを林組(日本国粋会2次団体・信州斉藤一家の下部団体)に「又貸し」していました(*3)。1960年田中亀吉は引退、中津川市周辺の縄張りを瀬戸一家に返還しました(*3)。しかし「又借り」していた林組は瀬戸一家に返還を拒否、抗争に至りました(*3)。結果、林組は中津川市周辺の縄張りを瀬戸一家に返還しました(*3)。当時瀬戸一家が他団体に貸すほど、多くの縄張りを持っていたことが分かります。

 

 1980年時、瀬戸一家を構成する主要下部団体は4つありました(*1)。瀬戸市の俠神会、名古屋市の真誠会、蒲郡市の三州会、岐阜県の東濃会の4団体です(*1)。瀬戸市名古屋市は愛知県の尾張地方、蒲郡市は愛知県の東三河地方に位置しています。瀬戸一家が広域に勢力を張っていたことが分かります。

 

<引用・参考文献>

*1 『洋泉社MOOK・ヤクザ・流血の抗争史』(有限会社創雄社・実話時代編集部編、2001年、洋泉社), p134-135

*2 『別冊 実話時代 龍虎搏つ!広域組織限界解析Special Edition』(2017年6月号増刊), p38

*3 『日本のヤクザ100の喧嘩 闇の漢たちの戦争』(別冊宝島編集部編、2017年、宝島社), p178-179