東日本のヤクザ組織

瀬戸一家

山口組2次団体・瀬戸一家は、江戸時代末期に生まれた博徒組織を由来とします(*1)。瀬戸一家は1991年山口組の傘下に入りました(*2)。過去、瀬戸一家の縄張りは日本最大といわれました(*2)。1961年瀬戸一家が中京熊屋恵那分家の田中亀吉に貸し出した縄張り(…

平塚一家と鶴川一家

さいたま市大宮に活動拠点を置くヤクザ組織が平塚一家です(*1)。平塚一家は住吉会2次団体です(*1)。大宮はソープランド街を持つなど、歓楽街として有名です。平塚一家は明治時代、平塚勘次によって結成されました(*1)。平塚勘次は東京・本郷を活動拠点とする…

中里一家、馬橋一家、共和一家

千葉県に拠点を置く住吉会の2次団体として中里一家、馬橋一家、共和一家が知られています。3団体とも千葉県西地域に拠点を置いています。 中里一家は明治時代に立ち上げられた博徒系組織で、野田市に拠点を置いています(*1)。住吉一家二代目総長・倉持直吉(…

関東出身組織が関西の都市に拠点を持つ

「関西出身組織が関東の都市に拠点を持つ」という話はよく聞かれます。神戸発祥の山口組が、1960年代以降、膨張路線をとったことが背景にあります。逆の「関東出身組織が関西の都市に拠点を持つ」という話は少ないです。山口組の牙城・関西に進出することは…

茨城県の松葉会2次団体

2016年末時点で、茨城県内最大勢力のヤクザ組織は松葉会でした(*1)。茨城県内で活動するヤクザ組織の構成員(準混成員を含むのかは不明)は1,240人で、42%が松葉会の構成員でした(*1)。 松葉会主要2次団体が茨城県に拠点を置いています。現会長の伊藤芳将(…

出羽家一家

松葉会2次団体・出羽家一家は、明治末期に東京浅草で結成された博徒組織を源流としています(*1)。「出羽屋」という屋号の山本作造が山本修三に「出羽屋」という組織を名のらせ、後に出羽屋は出羽家一家に改称されたと言われています(*1)。出羽家一家の初代は…

双愛会の2次団体が9つあった時代

2018年現在の双愛会には、6つの2次団体があります(*1)。寺島一家(市原市)、吉田一家(市原市)、髙寅一家(銚子市)、上金一家(銚子市)、畔田吉清一家(鴨川市)、谷戸一家(横浜市)です(*1)。髙村明五代目会長時代(1992~2007年)の双愛会には、9つ…

歌舞伎町ヤクザ組織の懇親会

新宿・歌舞伎町で活動するヤクザ組織の懇親会として知られるのが「東京中央懇親会」です(*1)。2005年出版『洋泉社MOOK・山口組・東京戦争』によれば、参加主体は主に3次団体トップ、参加総数は130名を超えていました(*1)。参加人数が最も多いのが住吉会、次…

関東博徒系ヤクザ組織の2次団体名

関東博徒系ヤクザ組織の稲川会、松葉会、双愛会の2次団体名の末尾には、「一家」が付くことが多いです。双愛会は、2次団体全てが「一家」と名乗っています(谷戸一家、畔田吉清一家、上金一家、吉田一家、寺島一家、高寅一家)(*1)。稲川会は坂本組や佐野組…

加藤連合会トップの住吉会執行部入りから透けて見えてくること

インターネットサイトYAKUZA Wikiによれば、住吉会の人事が最近更新された模様です。誤った内容が書き込まれることもあるYAKUZA Wikiですので、情報は確定的ではありませんが、注目点がありました。 加藤連合会トップ小坂聡の住吉会風紀委員長の就任です。加…

赤坂の天皇

住吉会の最高顧問を務めた浜本政吉は別名「赤坂の天皇」と呼ばれていました(*1)。浜本政吉は1995年78歳で死去しています(*2)。1917年(大正6年)、浜本政吉は石川県七尾市の米穀・木炭問屋の子どもとして生まれます(*2)。七尾商業学校中退後、浜本政吉は東京…

大日本興行

住吉会の2次団体・大日本興行は太平洋戦争後、東京の銀座で結成されました(*1)。創立者は高橋輝男です(*1)。高橋輝男は戦後、浦上信之をトップとする浦上グループに入ります(*1)。浦上グループの別名は「銀座警察」でした(*1)。浦上グループは銀座に事務所を…

丸茂一家

明治時代(1868~1912年)、北海道函館を拠点にする丸茂一家という博徒組織がありました(*1)。明治時代において丸茂一家は「広域団体」でした(*1)。勢力圏は樺太、北海道、青森、秋田、岩手、宮城、山形、新潟でした(*1)。構成員は全盛期で約2万人と言われて…

義人党

かつて義人党というヤクザ組織がありました。東京を拠点とする1次団体のヤクザ組織で、1992年1月に解散しています(*1)。義人党は太平洋戦争終了時の1945年、高橋義人によって立ち上げられました(*1)。発足時「新日本義人党」と名乗っていました(*1)。義人党…

違法領域の資金獲得に力を入れこなかった國粋会

長年独立組織として活動してきた國粋会は、2005年山口組の傘下に入ります(*1)。國粋会は連合型の組織形態をとる1次団体でした(*2)。また國粋会は都内の繁華街に多くの縄張りを持っていました(*2)。2次団体の多くが老舗博徒組織であることが背景にあります(*2…

國粹会の歴史

山口組2次団体の國粹会は、元々独立団体でしたが、2005年9月山口組の傘下に入りました(*1)。銀座、渋谷、六本木など首都圏の繁華街に縄張りを持つ國粹会(*2)の山口組入りは、関東ヤクザ組織にとっては驚くべき事態でした。住吉会や稲川会の下部団体の中には…

宮城県の住吉会2次団体

東北の宮城県では、組織人数において、住吉会が最大勢力となっています(*1)。過去の資料ですが、宮城県のヤクザ組織人数の54%を住吉会が占めています(*1)。続いて、旧山口組(2015年8月以前)が30%、稲川会が8%、松葉会が5%となっています(*1)。住吉会が最大…

1972年に住吉連合入りした親和会

住吉会2次団体で北関東3県を勢力圏として活動しているのが親和会です。親和会自体は、親睦団体であり連合型の組織形態をとっています(*1)。親和会に加盟している組織は、栃木一家、光京一家、大島一家、大和屋一家、矢畑一家、勘助一家、羽黒一家、山越一家…

東声会

主に関東を拠点として活動する東声会は、戦後のヤクザ社会において異彩を放つ存在でした。現在の東声会は、暴対法による「指定暴力団」の扱いを受けていません。1957年東声会は、在日朝鮮人の町井久之によって興されました(*1)。町井久之は1923年生まれです(…

弘道会における稲葉地一家の位置

弘道会の有力傘下組織の1つに、稲葉地一家があります。稲葉地一家は、幕末の名古屋で結成された博徒組織です(*1)。稲葉地一家の勢力範囲は名古屋にととまらず、三重県北部まで拡大した時代がありました(*2)。1986年、地元のヤクザ組織とともに稲葉地一家は親…

住吉一家の傘下に入らなかった2団体

1次団体と2次団体を垂直的関係にする直参制度が住吉会に導入されたのは1991年です(*1)。住吉会は、前身組織「住吉連合会」が同年(1991年)に名称変更した結果、誕生した組織です (*2)。住吉連合会は、1958年に発足した「港会」を源流とします(*3)。港会から…

北海道の2次団体の出身母体

現在、北海道では大手三団体(山口組、住吉会、稲川会)のヤクザ組織の2次団体が活動しています。主要な2次団体としては、山口組では誠友会、茶谷政一家、旭導会、住吉会では勇心会、三心会など、稲川会では木暮一家、越路家一家などが、挙げられます。以上…

道仁会と幸平一家の関係

道仁会の小林哲治会長と住吉会幸平一家の加藤英幸総長は兄弟関係にあると言われています(*1)。2012年稲川会を脱退して独立団体として活動していた山梨俠友會が、2016年稲川会に復帰します(*2)。一度脱退した経緯があることから、山梨俠友會は一旦解散、名称…

松葉会と松葉会関根組の和解の背景

2014年3月松葉会から脱退し結成されたグループ(松葉会関根組)が、今年(2017年)松葉会と和解しました(*1)。和解に至ったものの、松葉会関根組のグループは松葉会に戻らず、組織名を「関東関根組」と改め、独立団体として活動していくことになりました(*1)…

連合型組織形態をとる住吉会の2次団体(親和会と丸唐会)

住吉会は現在、2次団体を「垂直的な下部団体」として位置づける直参制度をとっています (*1)。親子関係で表現すれば、1次団体・住吉会を「親」、各2次団体を「子」とする関係です。住吉会は1991年から、直参制度を導入しています(*2)。前年1990年、住吉会の…

極東桜井總家連合会の歴史

極東桜井總家連合会というテキヤ組織がかつて存在していました。テキヤ組織である一方、1993年7月に静岡県公安委員会から「指定暴力団」に指定されて、ヤクザ組織の側面もあった組織です(*1)。極東桜井總家連合会の初代は桜井庄之助です(*2)。桜井庄之助は19…

縄張りの大家と借家人

東京の一等地である銀座、六本木、渋谷は旧國粹会(2005年まで独立団体)の縄張りです(*1)。しかし該当の縄張り内で、違法領域における資金獲得権を主に有しているのは住吉会や稲川会の下部団体です(*1)。銀座、六本木、渋谷では旧國粹会が、住吉会や稲川会…

中京五社会の構成団体の行方

1991年3月、中京地区の地元ヤクザ組織が続々と山口組の傘下に入り、中京地区における山口組支配が強まりました(*1)。結果、中京地区の地元ヤクザ組織で構成されていた親睦団体・中京五社会は解散に至りました(*1)。中京五社会は1986年、平野家一家、稲葉地一…

鶴政会の「鶴」の由来

稲川会は1959~1963年の間、「鶴政会」という組織名で活動していました(*1)。現在の稲川会は、1949年静岡県熱海市で興された稲川興業を源流としています(*1)。稲川興業の創立者は、稲川会初代会長の稲川聖城です(*1)。鶴政会の後は、1963~1972年は「錦政会…

札幌の稲川会

稲川会2次団体で北海道・札幌市に拠点を置く越路家一家は、博徒系組織を出身母体としています(*1)。北海道は、明治以降、テキヤ組織が数多く活動していた地域でした(*1) (*2)。太平洋戦争後においては、丁字家、寄居、源清田の3つのテキヤ組織が北海道ヤクザ…