ハイスピード・ハイテンポの思想に成り立つ牛丼チェーン店

 外食店を利用される時、皆さんは何を期待されているでしょうか。多くを占めるのは、やはり味と価格でしょう。当然、不味ければ行きたくありませんし、味に対して高価格なら行かなくなります。料理が美味しくてまた低価格での提供は、私達が外食店に望む2大要素です。それとは別に、「時間」も私達は外食店に対して期待しています。

 サラーリマンの昼休憩は、平均的に1時間だと思われますが、その間に昼ご飯を食べなければなりません。それでいて、昼ご飯を食べた後の、自由時間も確保したいです。そうすると、昼ご飯を食べる時間を「短縮化」することが重要になってきます。「昼ご飯を食べる」と書きましたが、このサラーリマンの平日における「昼ご飯を食べる」は幅広い定義を持ちます。「昼ご飯を食べる」は、ただ食べ物を口に入れて、歯で噛みきるなどの行為だけではないのです。もちろん自分で用意してきたか、出勤途中で買ってきたお弁当を職場の自分の机で食べる場合は問題ありません。しかし外食するサラーリマンにとって、「昼ご飯を食べる」には「外食する店まで移動する」「外食する店の席が空くのを待つ」などの行為も含まれます。

 時間の例でいえば、「昼ご飯を食べる時間」とは、「外食する店まで移動する時間」+「外食する店の席が空くのを待つ時間」+「注文した料理を待つ時間」+「料理を食べる時間」+「外食した店から、職場まで戻る時間」の合計なのです。それを1時間以内に済ませないといけません。これは、外食をするサラーリマンにとって制約です。低価格で美味しいハンバーグ定食を食べられる洋食店が、仮に職場の近くにあっても、昼休憩の時間に1時間待たないと座れないのなら、そのお店を利用することはできません。もちろん時間に余裕のある休日なら1時間程待っても問題ないです。しかし働いている平日における外食の昼ご飯は「時間」に縛られる性格があるのです。

  よってサラーリマンは、外食するお店に「早い時間」を望みます。そして今最も、その期待に応えているのが牛丼チェーン店です。すき家吉野家松屋という牛丼チェーンは、とにかく「早い」のが特長です。今はどこの外食店も、料理提供の迅速化に励んでおり、10分前後で料理を提供されることが多いです。ただその中でも牛丼チェーン店の場合は、素早く客に提供できる牛丼という料理を主軸に置いていることもあり、席に着いてから、すぐに頼んだ料理を食べることができます。5分待てば、長い方ではないでしょうか。他の外食店が仮に料理提供の時間を10分掛かっていたとして、ある牛丼チェーン店が牛丼提供の時間を2分掛かっていたとします。この場合、10分掛かる店ではなく、2分で提供される牛丼チェーン店に行けば、8分という「可処分時間」を手にすることができます。昼休憩1時間における、この8分間は非常に大きいです。タバコを吸う時間や、読書したりする時間、銀行のATMでお金を引き出したりする時間にあてることができます。

  また牛丼チェーン店の場合、「席が空きやすい」のも特長です。席が空くまで、待つ時間が少ないのです。素早く料理が提供されて、なおかつ牛丼の味も美味しくてお金も少なくて済むので、多くのサラーリマンは牛丼チェーン店に1⒈時~14時ごろ押しかけます。よって少し席が空くまで、待ったりすることもあります。けれども席がそのうち空きます。先ほど席に着いたばかりの客が、すぐに提供された牛丼を素早く食べ終え、少しの時間休んだ後会計を済ませて席を立ってしまうのです。牛丼チェーン店の客は長居しません。性善説に拠れば、席が空くのを待っている人に申し訳ないという気持ちが働き、さっさと席を立つのかもしれません。しかしそういった人の性格に頼らなくても、牛丼チェーン店は、「食べ終えた客に席を素早く立たせる」ように店を設定しています。

  まずカウンターの「席と席の間隔」を狭くしています。一般的には、席の間隔を狭めることでその分席数を多くして、客を沢山入れられるようにしていると解釈されています。他の側面もあります。「席と席の間隔」を狭めることは、同時にそこに座る客同士の身体の距離も狭めることになります。身体的には、席に座ると同時に体の動かせる範囲が狭まります。窮屈です。また精神的にも負荷がかかります。見知らぬ他人と隣同士というのは、不気味に聞こえますが、普段の私達は電車の席や病院の待合室で経験することです。慣れた事ではありますが、自分の家の中のように自由には振舞えず、一種の緊張状態には置かれます。一方食事という行為は、食欲が満たされることもあり、良い気分になります。見知らぬ他人を近距離にして、食事を食べるというのは、複雑なことなのです。逆に、昼ご飯のピークを過ぎた時間帯に行って両隣の席が空いていると、気分が良くなったりします。

 店内の「騒がしさ」も、客に素早く席を立たせるのに、貢献しています。厨房と食事をする席が近くにあることで、接客の慌ただしさが食べている客に伝わってきます。大きい声が飛び交っています。美味しい牛丼を食べて、しばし一眠りといきたい所ですが、とても眠れる環境ではありません。外食業界では、ある1席が1日のうちに何回使われたかという、回転数が重視されます。1日に1回座られただけより、1日に5回座れられたほうがお店に沢山注文したことを意味し、お店には有難いのです。特に1回の客単価が低い牛丼チェーン店にとっては、回転数を上げることは重要になってきます。店内の場を作っているのは、接客する店員です。その店員が、素早く接客することで、客の側もその調子に引きずられて、素早く食べて、素早く席を立つようになっています。結果、次の客は席が空くのを待たずに、料理を食べることができます。

 客側にとって「注文した料理を待つ時間」を短縮化ができ、「外食する店の席が空くのを待つ時間」も短縮化できるのが、牛丼チェーン店なのです。外食業界において牛丼チェーン店の存在感が大きい背景には、サラーリマンに味や低価格だけでなく「昼休憩の可処分時間」も供給していることがあったのです。そしてそれを可能にしているのが、ハイスピード・ハイテンポ、日本語で言えば高速・急調、を特徴にした接客です。ハイスピード・ハイテンポは、料理を提供するお店側の行動原理だけではなく、私達客側の行動原理にもさせられています。結果、客の自主的な行動原理に、いつの間にかなっています。ハイスピード・ハイテンポの行動原理が、牛丼チェーン店のお店にいる人々を支配しているのです。

 ところが、ハイスピード・ハイテンポに疲れる時があります。客側だけの視点で言えば、「料理が来るのを少しの時間待ちたい」という余裕を欲する時があります。職場の自分の机以外に、職場周りに自分が座れる椅子は、ないものです。よって昼ご飯で利用するお店の席が、「昼休憩における自分の椅子」になる場合があります。そうなると、「注文した料理を待つ時間」だけは、一定欲しくなります。待ち時間の間に、水を飲みながらスマートフォンSNSを確認したりするのは気持ちが和らぐ行為で、昼休憩の大事な一環です。

  また食べ終わった後も、数分ぐらいは店内に居させてくれる雰囲気があれば、SNSの確認の続き等を行えますし、午後から取り掛かる仕事について考えたりすることがきます。この時間を消滅させているのが、牛丼チェーン店です。スマートフォンを取り出す間に、注文した牛丼が置かれます。また食べ終わったら、長居できない環境下でした。

 人々は時に、ハイスピード・ハイテンポの牛丼チェーン店でなく、その速度とテンポを落とした外食店も求めます。「早い時間」ではなく、「少し早い時間」の外食店です。客はお店側に「時間の余裕」を要求するのです。しかしそのことは、客のお店への滞在時間が長くなることを意味するので、お店の回転数は低下します。店側は客単価を上げざるをえません。もちろん客側も、お金が多少掛かっても、「時間の余裕」を楽しみたいということで、そのような「少し早い時間」の外食店を選ぶので、不都合ではありません。つまりこの場合客は、「時間」を金で買っているのです。逆に、牛丼チェーン店に行く客は、「時間」を売っているのです(時間を犠牲にすることで、料金を割引してもらっている)。

 外食業界において、「店への滞在時間」と「価格帯」は比例関係にあるといえます。店への滞在時間が長ければ長いお店ほど、価格帯は高くなります。一方、店への滞在時間が短ければ短いほど、価格帯は低くなります。例外は、ハンバーガーチェーン店や喫茶店です。ハンバーガーチェーン店や喫茶店は、滞在時間が長い割に、価格帯が低いです。もちろん、その「コーヒー1杯で長居できる」ということが他と差別化できる点でありますが、同時に「回転数が低い割に、客単価が低い」という構造的な脆弱性を抱えることになっています。ハンバーガーチェーン店や喫茶店は常に、「回転数の上昇」と「客単価の上昇」という課題に向き合わなければならないのです。