フラッシュ・ボーイズの手口

 アメリカ株式市場における超高速取引業者の狡猾な手口を暴いた『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』(以下『フラッシュ・ボーイズ』)という書籍が先日発売されました。『フラッシュ・ボーイズ』によれば、「フロントランニング」(先回り)と呼ばれる手口で、超高速取引業者は一般トレーダーから金を奪い取っていました。「フロントランニング」とは、どのような手口だったのか、『フラッシュ・ボーイズ』の情報を参考にして、自分の解釈を加えてまとめてみました。

*今回は記事を作成するにあたり、『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』(マイケル・ルイス著、渡会圭子・東江一紀訳、阿部重夫解説、株式会社文藝春秋)の情報を参照させて頂きました。

 悪事は働いている側が自発的に露見させることはありません。人々の中で嗅覚の鋭い者が時に悪事の存在を白日の下に晒します。カナダロイヤル銀行の株トレーダーであったブラッド・カツヤマ(以下カツヤマ)がある異変と対峙したことから、フロントランニングの手口は発覚しました。カツヤマの仕事は客の要望に応えて、株の売買をします。例えば客から「保有するA社株100万株を売りたい」という注文が入ります。株式市場ではA社株は1株100ドルで取引されています。カツヤマはA社株100万株を1株99ドルでその客から購入して、株式市場でA社株100万株を1株100ドルで売ります。その差額100万ドルがカナダロイヤル銀行の儲けとなります。

 10株程度なら素人でも売買取引を倣い儲けることができます。しかし100万株という膨大な量になると、素人は扱うことができません。「買い手」と「売り手」の規模が一定である事が、株取引成立の前提条件となります。ある取引所に「A社株1000株買いたい」という需要しかなければ、その取引所では「A社株は1000株しか売れない」のです。100万株を無理に売れば、株の値段が一気に暴落して、想定していた売値では売れなくなります。「大量株数を想定価格で売買する」ことは専門的能力が必要で、それを仕事にしているのが株トレーダーです。カツヤマは客から購入した100万株を多数の取引所で売っていきます。ある取引所で10万株を売り、違う取引所で20万株を売る地道な作業を続け、100万株全てを想定売値100ドルで完売させるのです。

 ところが2007年に異変が起きます。例えば、B社株100万株をカツヤマが1株想定買値100ドルで市場において買う場合。最初の取引所においては1株100ドルで100株買えるのですが、次の取引所で1株100ドルでは買えないのです。B社株が102ドルや103ドルに上がっているのです。しかし「100万株買う」任務を負うカツヤマは高値になったB社株を購入するしかありません。カツヤマの計算が崩れてしまいました。株トレーダーにおける「取引所を移動する」という行為は、電子取引内の世界の為、1秒以内に済みます。年々取引スピードは速くなり、速さを競う単位は1マイクロ秒(百万分の一秒)や1ナノ秒(十億分の一秒)になっています。一瞬の間にカツヤマの株売買を邪魔する存在がいるのです。同じ事が続き、またカツヤマ以外のトレーダーでも同じ事例が見られることから、カツヤマは実態解明に動きます。

 カツヤマをはじめ一般トレーダーの邪魔をしていた犯人は超高速取引業者、別名フラッシュ・ボーイズです。フラッシュ・ボーイズは、特定の取引所(X取引所)で、公開されている全会社の株に対して「売り」「買い」の注文をします。注文株数は100株など小さくしておきます。カツヤマがX取引所においてB社株100株を1株100ドルで購入します。同時にそれは、フラッシュ・ボーイズが設定していた「B社株100株の売り注文」の解消を意味します。この情報から「どこかのトレーダーがB社株を1株100ドルで大量購入している」という動きをフラッシュ・ボーイズは読み取ります。そしてフラッシュ・ボーイズは、カツヤマより先回り(フロントランニング)して、他の取引所でB社株を購入します。B社株を1株102ドルや103ドルの「高値」価格で売り出して、カツヤマが来るのを待っておけば済みます。相手の動向が分からず、手探りで売買をするのが一般的な株取引です。対照的にフラッシュ・ボーイズは、相手の動向が分かる為、確実に儲けを出し続けることができます。フラッシュ・ボーイズの手口は以下の例に似ています。大雪が降って、「スコップを買いにくる客」が確実に見込める際、店側はスコップの価格を普段より高くしておきます。それでもスコップは売れて、店側は余計な儲けを得られます。

 フラッシュ・ボーイズにとってX取引所は「情報収集の場」として機能していました。X取引所を「トレーダーが最初に訪れる場所」に設定する事が鍵となります。一般的に取引所を使用する際手数料を払いますが、逆にX取引所では報奨金を得ることができました。フラッシュ・ボーイズの存在を知らないトレーダー達は自ずと、多数の取引所を巡る際、報奨金目的でX取引所を「最初に」寄っていました。実際X取引所はフラッシュ・ボーイズの思惑で作られていました。またフラッシュ・ボーイズは先回りする「速さ」を確保していました。一般的トレーダーとフラッシュ・ボーイズの「速さ」の違いは、1マイクロ秒(百万分の一秒)や1ナノ秒(十億分の一秒)単位程度に過ぎません。しかし数マイクロ秒違いで、フラッシュ・ボーイズは莫大な富を手に収めることができます。フラッシュ・ボーイズは少しでも時間短縮できるケーブルを確保する為に心血を注いでいました。