低価格理髪チェーンが受け入れられる背景とは

 1080円(税込)という低価格を武器に理髪業界を席巻しているのがQBハウスです。1996年に第1号店をオープンさせてから、現在まで国内400店舗を超える規模まで成長しているヘアカット専門店です。髭剃り、洗髪、マッサージなどを省き、ヘアカットのみのサービスを提供しています。所要時間は10~15分と、時間がない人にとって重宝な存在です。通常の理髪店はヘアカット以外のサービスも提供するので、約4000円の料金で所要時間は約40分となっています。簡略化すれば、10分単位で1000円の料金となっています。QBハウスの収益構造と違いはありません。QBハウスは40分の間に4人の客から1人1000円の料金を受け取り、4000円を回収する仕組みをとっているのです。コストや利幅を下げずに、サービス時間の圧縮化によって1080円という低価格を実現させています。

 QBハウスの手法を模倣した理髪店が増えています。客側からしても、需要の高いサービスです。髭剃りや洗髪やマッサージなどは、自分で賄えるので、不要でも困りません。唯一自分で賄えないのが、自分のヘアカットです。約1000円という料金は小遣いが少ないサラリーマンにとっては助かります。髪型にこだわる人達が一定数いる一方、髪型にこだわらない人がいます。会社員であれば個性的な髪型は許されません。また個性的な髪型を維持するのは難しく、中年になれば時間の制約から髪型へのこだわりを持つことが難しくなります。「伸びた髪を切ってもらうだけ」を望む中年以降の男性は多いです。実際、中年以降の男性の客でQBハウスは活況を呈しています。懸念すべきこともあります。洗髪がない分、切られた細かい髪の毛をQBハウスでは特殊な吸引機で処理しています。しかし洗髪に比べて、細かい髪の毛が体や服に付着してしまいます。髪の毛の付着が気になる客はすぐに自宅に戻り洗髪する必要があります。

 通常の個人営業の理髪店に通う人もいます。サービスを受けている約40分間、会話という要素は不可欠です。世間話が中心ですが、個人的な話で盛り上がる場合もあります。そこで客と店主は顔見知りの関係になります。客と「顔見知りの関係」を構築できる事が、他のサービス業にない理髪店の強みです。客側としては他店に乗り換えることの気まずさから、同じ理髪店に通い続けることになります。ただ客側は慣れてくれば、自分の名前を覚えてもらい自分の話をしっかり聞いてもらえるので、理髪店内での会話が楽しくなってきます。正反対に位置するのが、QBハウスです。個人営業の理髪店が「関係の濃密さ」を特長としている一方、QBハウスは「関係の希薄さ」を特長とします。

 個人営業の理髪店に通うことで、店主と顔見知りの関係になる事を嫌う人はいます。その人達にとって、QBハウスの干渉の少ないサービスは居心地が良いです。10~15分の所要時間では、十分な会話ができません。多数の従業員が沢山の客のヘアカットをする仕組みなので、従業員側そして客側も「顔見知りの関係」にはなりません。希薄な関係です。客側としては気まずさを一切持たずに、他店に乗り換えることができます。けれども、その希薄な関係ゆえに、「関係の希薄さ」を求める客はQBハウスを利用し続けます。ちなみに個人営業の理髪店の場合は、濃密な関係ゆえに、「関係の濃密さ」を求める客が利用し続けることになります。

 サービス業は客と濃密な関係を築くことが重要だと考えてしまいます。しかしサービス業に「関係の希薄さ」を望む消費者は多いです。「関係の希薄さ」を具現化した商売をしているのがチェーン店です。マニュアル化された接客が特徴で、客と従業員の関係が濃密になることはありません。希薄な関係の場は「入りやすく・出やすい」要素があります。一方濃密な関係の場は「入りにくく・出にくい」要素があります。知らぬ土地に来た人間にとって助かるのは、濃密な関係の場ではなく、希薄な関係の場です。「入りやすい」からです。旅行先で飲食をする際、無難な選択肢は、希薄な関係の場であるチェーン店の居酒屋です。味の良し悪しはともかく、知っている味なので、「期待外れ」が起きません。また接客も他の客と平等にしてくれます。希薄な関係の場とは、言い換えれば、「寛容な場」と言えます。一方、旅行先で個人営業の居酒屋に入るのは勇気がいります。料理の味、店の接客内容、客筋を全く知らないからです。料理はまずく、店主は常連客ばかりに接客して相手にしてくれず、常連客からは不審な目で見られるという、残念な事に遭ってしまう可能性があります。濃密な関係の場とは、言い換えれば、「排他的な場」と言えます。

 QBハウス躍進の背景には、低価格や簡略化したサービス以外に、従来濃密な関係の場だった「ヘアカットの空間」を希薄な関係の場に変容させた事があります。