滋賀県

 ある地方の端は、海に面していない限り、別の地方と接することになります。所属する地方の影響を受けつつ、別の地方の影響も受けることで、独自の文化・行動原理が形成されやすいです。近畿地方でいえば、滋賀県は「近畿地方の東端」に位置し、他の地方の影響下にもある場所です。

*今回記事を作成するにあたり、『滋賀県 謎解き散歩』(中井均編著、中経出版)、『滋賀県の歴史』(畑中誠治・井戸庄三・林博通・中井均・藤田恒春・池田宏著、山川出版社)、『福井県の歴史』(隼田嘉彦・白崎昭一郎・松浦義則・木村亮著、山川出版社)、『裏日本―近代日本を問いなおす―』(古厩忠夫著、岩波新書)、滋賀県庁サイトの情報を参考にさせて頂きました。

 滋賀県近畿地方の枠組みで捉えると「京阪神のベッドタウン」という形容が付けられます。ただこの形容に一致するのは、大津市草津市とその近隣地域だけです。滋賀県の他の市町村は当てはまりません。ただ大津市草津市の存在感は滋賀県の中で顕著です。人口約141万人を抱える滋賀県の中で、一番多くの人口を抱える市町村は大津市です。県庁所在地でもある大津市の人口は約34万人。2番目に多いのが大津市に隣接する草津市で約13万人を抱えています。2つの市だけで滋賀県人口の約33%を占めます。JR大津駅からJR大阪駅までは、JR東海道本線で新快速に乗れば、約40分で着くことができます。JR草津駅からJR大阪駅までは約50分で着くことができ、滋賀県の中で多くの人口を抱える両市はビジネス都市大阪の通勤圏内に位置しています。京都への移動は、JR大津駅からJR京都駅までが1駅を挟んだ距離の為、さらに短時間で済みます。

 交通利便性の良さは、両市の若者にも恩恵をもたらしています。京阪神は東京首都圏と並んで大学の多い地域です。小学校から高校までは全国各地に万遍なく学校数は配置されていますが、大学の場合学校数の地域差が鮮明になります。また「大学のブランド」が就職活動で幅を利かせる実態が残っています。大学数が多く、ブランド大学が存在する京阪神や首都圏に若者達は移動することを余儀なくされています。しかし、滋賀県の両市で育った若者の場合、交通利便性の良さを活かして、家族と共に住む自宅から京阪神の大学に通学することができます。もちろん通勤費を会社が賄ってくれるサラリーマンと異なり、大学生は交通費を自己負担しなければなりません。遠距離の電車通学に掛かるお金は安くありませんが、大学生が1人暮らしする莫大な費用に比べれば、家計の出費を小さく済ますことができます。教育費を抑えたい親にとって有難い話です。

 滋賀県のテレビには、大阪市にあるNHKや民放局で作成された番組が流されています。一方、同じ近畿地方三重県は、名古屋市にある放送局で作成された番組が流されています。テレビの及ぼす影響は絶大です。ローカル番組であれば自ずと、その地方の主要都市を中心にした考え方で、作成されます。滋賀県の視聴者はテレビを通じて大阪市の繁華街に詳しくなります。一方三重県の視聴者は名古屋の繁華街に詳しくなります。「所属意識」を強化させる媒介として、テレビが機能している側面があります。テレビによって滋賀県民は「近畿地方」、三重県民は「中部地方」への所属意識を一層高めています。

 北陸地方、特に福井県の南部(嶺南地域)と滋賀県は歴史的に深い関わりがあります。地図を見ると、滋賀県北部に位置する高島市長浜市福井県に面しています。そして滋賀県側と面する嶺南地域の敦賀市小浜市は反対側では日本海に面しています。滋賀県日本海に距離的に近いです。近代まで、物流の主役は海と船でした。道路が未整備で、自動車や電車がなかった時代、大量の物を長距離移動させるには、船を使う方法しかありませんでした。船は「水がある所」のみ動かせる乗り物なので、近代まで海・川・湖は「物流の経路」として大いに機能していました。今は経済的な要素が薄い琵琶湖ですが、近代までは「物流の経路」という性格を強く持っていました。近代まで東北・北陸地方の物資は、日本海を通り敦賀まで運ばれた後、陸路で滋賀県の琵琶湖北岸まで運ばれ、再び琵琶湖南岸まで船で運ばれて、陸路で京の都に持ち込まれるのが主要でした。水運を多く利用できる為、「東北・北陸地方日本海→琵琶湖→京の都」は優良経路でした。近江(昔の滋賀県の名前)と嶺南地域の間で、人と物の行き来は活発でした。

 嶺南地域が1876年から1881年の短期間ですが滋賀県に編入された歴史は、両地域の強い結び付きを象徴しています(この期間だけ滋賀県は内陸県ではなくなりました)。現在おおい町大飯原子力発電所をはじめ、嶺南地域に関西電力全ての原子力発電所が置かれています。当時の滋賀県知事・嘉田由紀子が2011年の福島原発事故以降、原子力発電所に対して厳しい姿勢をとっていた背景には、原子力発電所が林立する嶺南地域との距離的・心理的な近さがあります。嶺南地域の原子力発電所で事故が起きた場合、滋賀県への被害は甚大です。近代から現在までは太平洋側の都市が勢いを得たのに対して、日本海側の都市は衰退していく歴史でした。1990年代まで、日本海を隔てるロシア(当時はソ連)が本格的な社会主義国だった為、貿易を活発化できなかったことが背景の1つとしてあります。日本海側の都市の魅力が低下していきました。今後ロシアと積極的に貿易することになれば、再度日本海側の都市が盛り上がる可能性があります。その時は再び、滋賀県の重要度も高まってきます。