スイスフラン高の背景と影響

 1月15日、スイスの中央銀行は自国通貨スイスフランに対する、上限を設けた無制限の為替介入停止を明らかにしました。2011年9月以降、スイスの中央銀行スイスフラン安に誘導する施策を打ってきました。JETROによれば、2013年スイスの名目GDPは約6357億スイスフラン、輸出額は約2012億スイスフランです。名目GDP比の輸出割合が約3割に達しており、スイスにとって輸出産業が重要な要素であることが窺えます。円安で輸出産業が助かる日本の場合、2013年名目GDP比の輸出割合は約1~2割です。スイスは約800万人の人口で、内需に期待できないので、輸出が高くなる側面があります。2009年に発覚したEU加盟国ギリシャの経済危機を発端に、ヨーロッパ全体が不況に陥りました。EU加盟国の採用通貨ユーロは暴落し、代替先に選ばれたのが、EU非加盟国スイスの通貨であるスイスフランと日本の円でした。スイスフラン高騰は、スイス輸出産業の不振を意味します。3年数カ月続いたスイスの中央銀行による上限を設けた無制限の為替介入は、輸出産業保護が背景にありました。

*今回記事を作成するにあたり、『週刊エコノミスト』2015年3月10日号「スイス・フラン急騰で打撃 中東欧の住宅ローン市場」(小西丹著)、『FACTA』2015年3月号「スイスフラン暴騰が証明した「中央銀行の資産増大に限界」」(クロード・バウマン著)、JETRO日本貿易振興機構)サイト、日本政府観光局サイトの情報を参考にさせて頂きました。

 スイスフラン安に誘導する為に行った策は、「スイスフラン売り・ユーロ買い」です。加えて「1ユーロ=1.2スイスフラン」というラインを決定しました。為替市場でスイスフランが買われた結果、「1ユーロ=1.1スイスフラン」というスイスフラン高に振れた場合。「1ユーロ=1.2スイスフラン」に戻るまで、スイスの中央銀行が「スイスフラン売り・ユーロ買い」を続行する施策です。結果スイスの中央銀行は、沢山のユーロを抱え込むことになりました。日本でも、円高時「円売り・ドル買い」の為替介入で、日本政府は沢山のドルを抱えることになりました。しかし現在のように、円安・ドル高の流れが強くなると、持っている沢山のドルは「為替差益」という価値を生んでくれます。仮に「1ドル=90円」時に買ったドルは、現在の為替相場が「1ドル=約120円」なので、30円の価値が生まれています。逆に、円高・ドル安の流れが加速していたら、事態は異なっていました。「1ドル=60円」の場合、30円の損が生まれていました。ユーロを大量に持つスイスの中央銀行にとって望ましい展開は、ユーロ高になることでした。けれどもギリシャの経済危機は終息せず、3月から欧州中央銀行は量的金融緩和を行い、ユーロ安の動きに拍車が掛かっています。含み損をこれ以上抱えられないことが、上限を設けた無制限の為替介入停止に至った大きな要因です。

 上限を設けた無制限の為替介入停止の発表後、スイスフランはユーロに対して前日比30%まで高騰しました。スイスフラン高の余波は他国に及んでいます。中東欧諸国において、スイスフラン建で形成されている住宅ローンは多いです。「スイス・フラン急騰で打撃 中東欧の住宅ローン市場」(小西丹著)の記事によれば、「ポーランド金融監督局(KNF)によれば、住宅ローンの約4割がフラン建てで、規模は360億ドル(約4兆3000億円)、GDPの約7%に上る」とのことです。外貨建てローンになるスイスフラン建て住宅ローンが中東欧諸国の人々を引き付けたのは低金利でした。経済的に豊かなスイスの金利に比べて、発展途上の中東欧諸国の金利は高いです。物価上昇が顕著で、金融制度が先進国に比べて整っていない発展途上国金利は高くなります。中東欧諸国の人々にすれば、高い金利を支払う自国通貨建て住宅ローンより、低い金利で済むスイスフラン建て住宅ローンの方が魅力的に映ったのです。ただし外貨建て金融商品である以上、為替相場の影響からは逃れられません。スイスフラン建て住宅ローンを利用する中東欧諸国の人は、返済資金の調達は自国通貨の給料で賄いますが、返済の際スイスフランに交換する必要があります。スイスフラン安・自国通貨高の為替相場であれば問題ありませんでした。しかし目下のスイスフラン高・自国通貨安の為替相場は、返済資金を増加させます。スイスフラン建て住宅ローン利用率が高い国ほど、スイスフラン高の影響は大きいです。

 スイス本国の輸出産業は当然、観光産業もスイスフラン高に大打撃を受けています。通貨高の国には、費用が高くなる為、観光に行きたがらなくなります。2013年に訪日外客数が初めて1000万人を超えたことが物語るように、円安傾向になってから、日本観光産業は盛り上がっています。スイスフラン高において、少ない恩恵を受けるのはスイスの消費者です。近隣EU諸国での消費が安く済みます。スイスフラン高騰を裏返せば、ユーロ安基調が長期的に継続することを示しています。同時にヨーロッパの経済不況が長引くことも意味しています。