博徒組織

 ヤクザ組織の母体は2つに大別されます。博徒系とテキヤ系です。博徒系は博打を稼業とするヤクザ組織で、テキヤ系は露店商売を稼業とするヤクザ組織です。指定暴力団21団体の中で、唯一のテキヤ系ヤクザ組織が極東会です。残り20団体は博徒系と括られます。実際、博徒系の広域団体は、博徒組織を母体にするヤクザ組織を沢山傘下に収めています。けれども厳密に見ると、複雑な様相を呈しています。博徒系の広域団体においても、傘下組織にテキヤ組織を含んでいます。山口組の2次団体・源清田会はテキヤ組織を母体としています。住吉会の3次団体(実質2次団体)・西海家は仙台を拠点にする東北有数のテキヤ組織です。博徒組織とテキヤ組織を由来としないヤクザ組織もあります。発足当初(20世紀前半)の山口組は港湾荷役や芸能興行を主要な稼業としていました。実業組織が次第にヤクザ組織の性格を帯びるようになったのが山口組の実態です。山口組博徒系と形容されますが、便宜的な意味で使われているに過ぎません。戦後現れた愚連隊という不良青年集団がそのままヤクザ組織に移行する例もありました。

*今回記事を作成するにあたり、『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社)、『ヤクザ大辞典』(山平重樹監修、週刊大衆編集部編、2002年、双葉文庫)、『仕事で使えるヤクザ親分の名言』(山平重樹、2012年、徳間文庫)、『山口組の100年 完全データBOOK』(2014年、メディアックス)の情報を参考にさせて頂きました。

 

 とはいえヤクザ組織の中で、博徒組織を母体にする組織は多いです。博徒組織は江戸や明治時代に博打業を営んでいました。当時、博打業はお上から認められていませんでした。博徒組織は当時からグレーな領域で活動するヤクザ組織だったのです。太平洋戦争後も、博徒組織の主な稼業は博打でした。しかし警察当局が直接博打現場を押さえる現行犯逮捕でなく、複数人の証言による非現行犯逮捕が可能になったことで、博徒組織は警察当局から厳しい取締りを受けます。『ヤクザ大辞典』(山平重樹監修、週刊大衆編集部編・著、双葉文庫)によれば、「昭和三十九年度の組員検挙者中、非現行犯のバクチ検挙が五八%と過半数を占めた」(p.109)とのことで、博徒組織は多大な打撃を受けました。昭和39年=1964年以降、博徒組織による博打業は衰退していきます。また戦後始まった競輪や競艇などの公営ギャンブルの存在、パチンコ産業の台頭も、博徒組織による博打業の衰退の要因です。

 

 博徒組織による博打業の内容は、主にサイコロや花札を使う賭け事となります。サイコロ賭博で一般的なのが丁半です。2つのサイコロを用い、振って出たサイコロの目の和が偶数なら丁、奇数なら半とするゲームです。サイコロの振り役が振る前に、客は丁か半かを決めて金を賭けます。花札を使う賭け事で有名なのがバッタマキです。戦後、サイコロの丁半賭博が主流でなくなると、花札を使ったバッタマキが主流になります。主に関東で行われていた賭け事です。花札を使うゲームなので、ゲーム内容は複雑です。他に、手本引という賭け事があります。関西で生まれて、関西の博徒組織が主に行っていました。花札ではない特殊な札を使うゲームで、ゲーム内容はバッタマキ以上に複雑です。以上の博徒組織による博打業の控除率は基本的に5%でした。場合によって10%の時もありました。ちなみに現在公的に認められている賭け事の控除率は、宝くじ約55%、競馬20~30%、パチンコ10~15%です。賭け事の控除率を別名「テラ銭」と呼びますが、江戸時代お寺の中で博打業を行っていたことから由来する名前です。お寺を管轄するのは寺社奉行の為、博打業を取締まる町奉行はお寺には入り込めませんでした。お寺は安全に博打を行える場所だったのです。

 

 博徒組織の博打業が衰退する前まで、博徒組織は明確な序列があり、実業の徒弟制度に近い性格を帯びていました。下から、立ち番→下足番→中番→助出方→中盆代貸貸元→総長という序列になっています。博徒組織に入った者は、立ち番から始めて、地位を1つ1つ上がっていきます。立ち番の仕事は、外での見張りと客を屋敷内に案内する事です。また客回りという、一般人への外回り営業もします。下足番は、客の履物の管理です。中番は別名「階段上」と言います。博打は屋敷の2階で行われます。警察当局の手入れがあった際、1階より2階の方が、客を逃がす時間を稼げるからです。中番は2階の博打場で、灰皿やゴミを片付けます。助出方も2階の博打場で雑務をこなします。博打場を捌くのが中盆です。「盆」とは、博打場を意味します。中盆がサイコロを振り、札をまき、審判を務めます。博打場の実務者である中盆になるまでには、最低5年掛かると言われていました。代貸は「貸元の代理」から由来します。博打場の現場責任者であり、廻銭(博打場の貸付金)を貸す仕事をします。貸元は博打場の最高管理者です。貸元は「客に金を貸す元」から由来します。しかし貸元は博打場に出ず、貸元の役割を代貸に任せます。博徒業界で「親分」と呼ばれるのは、貸元の地位からです。博徒にとって最終目標が貸元でした。総長は多くの貸元を束ねるリーダーのことです。老舗博徒組織を母体とするヤクザ組織が集う上部団体リーダーの称号として「総長」という言葉が現在も使われています。貸元代貸中盆の3つの地位より下の地位の者達は「三下」(さんした)と位置づけされました。「さんした」は、地位の低い者を揶揄する際、一般的に使われています。