住吉会内の相反する動き

 9月26日、山口組総本部を住吉会の関功会長ら10数人が訪れました。山口組離脱グループによって結成された新団体・神戸山口組ではなく山口組住吉会は支持したことを住吉会幹部らの訪問は意味しています。一方、住吉会の中核2次団体である幸平一家の加藤英幸総長は先日の神戸山口組の会合に出席しました。加藤英幸総長は、今回の山口組総本部訪問には出席していません。住吉会内におけるこの相反する動きは、住吉会の内部事情によるところが大きいです。住吉会の2次団体がそれぞれ持つ縄張りの状況によって、山口組への温度差が異なることが、相反する動きの背景にあります。

*今回記事を作成するにあたり『六代目山口組ドキュメント2005~2007』(溝口敦、2013年、講談社+α文庫)、『黒幕』(伊藤博敏、2014年、小学館)の情報を参考にさせて頂きました。

 

 住吉会の中核2次団体である小林会は銀座を主に縄張りとしています。しかし銀座の縄張りの全ての権利を取得している訳ではありません。元々、銀座を縄張りとしていたのは、関東の独立ヤクザ連合組織である國粹会の2次団体生井一家でした。関東ヤクザ業界特有の貸しジマ制度により、戦後、國粹会生井一家が縄張りを住吉会の小林会に貸し出してきました。小林会は、地代を生井一家に払うことで、銀座で裏稼業をする権利を得てきたのです。住吉会に集うヤクザ組織の出自は多岐に渡ります。幸平一家や土支田一家のように伝統博徒組織を母体とするヤクザ組織もいれば、戦後に誕生した新興ヤクザ組織もいます。小林会は戦後に誕生した新興ヤクザ組織の1つでした。幸平一家や土支田一家は賭場を開場していた地域を歴史的に縄張りとして持つことができました。一方、小林会のような新興ヤクザ組織は繁華街の縄張りを借りる形で活動するのが、首都圏においては一般的でした。戦後の関西のヤクザ業界であれば、力による奪取が慣習として根付いていました。しかし首都圏では、主に抗争ではなく、貸しジマという制度によって、ヤクザ組織の勢力差を調整する方法がとられてきたのです。小林会は戦後、小林楠扶によって結成されました。小林楠扶は右翼業界にも大きな影響を及ぼしました。小林楠扶は現在でも右翼業界で最大勢力を持つと言われる日本青年社を1969年に設立して、初代会長に就任します。住吉会においても、1990年に亡くなる際には住吉会(当時は住吉連合会)本部長の地位に就いていました。小林会二代目会長に就任した福田晴瞭は1998年に住吉会会長、2005年に住吉一家七代目総長に就任し、近年の住吉会の顔として活動してきました。

 

 しかし2005年、小林会をはじめとした関東ヤクザ組織に激震が走ります。國粹会が山口組の傘下に入ったのです。國粹会は銀座以外にも、六本木、浅草、渋谷などに縄張りを持っており、住吉会や稲川会に貸し出していました。小林会をはじめ関東のヤクザ組織にとって、借りジマのオーナーが國粹会から山口組に変わったことを意味する出来事でした。縄張りの賃貸契約中止を山口組から通達されても、文句の言えない立場に、住吉会や稲川会は追い込まれたのです。以前から山口組は首都圏に進出していましたが、関東ヤクザ組織の既存利権には踏み入れず、周辺の裏稼業に専念してきました。しかし2005年、國粹会を傘下に収めたことで、首都圏において堂々と関東ヤクザ組織と対峙できるようになったのです。2007年、東京西麻布で小林会の幹部が山口組國粹会の組員により射殺され、両団体で抗争が起きます。数日で終結に至りましたが、緊張関係にあったことを示す事件でした。以降山口組と関東ヤクザ組織間で、組員による小競り合いは起きるものの、組織間の抗争に至る事態は起きていません。警察当局による厳しい締め付けが大きな背景としてあり、山口組と関東ヤクザ組織の間で、均衡が保たれてきたといえます。ともかく、幸平一家のような伝統博徒組織を出自としていない多くの関東ヤクザ組織は、國粹会や國粹会から派生してできた落合金町連合から縄張りを借りている為、山口組の影響を受けざるをえないのです。

 

 住吉会内部において、小林会のような新興ヤクザ組織を出自とする2次団体は親山口組となり、一方幸平一家のように伝統博徒組織を出自とする2次団体は山口組に対して中立的な態度をとれるという温度差が生まれているのです。山口組住吉会はヤクザ社会の同盟関係を意味する「親戚」関係ではありません。つまり2次団体レベルでは山口組に友好的にならざるをえませんが、1次団体同士では友好的関係ではないのです。また住吉会は現在、1次団体と2次団体を垂直的な関係で結ぶ直参体制をとっています。しかし直参体制を導入したのは2014年です。以前から、幸平一家住吉会の中でも独立色の強い2次団体でした。「1次団体レベルでの山口組住吉会の関係の弱さ」と「住吉会と幸平一家の関係の弱さ」という2要素も今回の住吉会内の相反する動きに大きく関わっています。