司忍のボディーガード

*以下の記事は、1月31日に書いていますので、その時点での情報を用いています

 山口組のトップ司忍の姿が実話誌をはじめとしたマスコミに撮られる場面は限られています。神戸市にある山口組総本部に月1回(通常毎月5日)開かれる定例会に参加する為、司忍は自宅のある名古屋から新幹線で新神戸駅まで移動します。司忍が新神戸駅から降りてくるまでの場面が、実話誌に写真として掲載されています。山口組と実話誌の間で、水面下の約束があった上での写真撮影であることは想像に難くありません。最近、司忍のボディーガード役としてよく見かける2人の人物がいます。清田健二(58歳)と薄葉政嘉(58歳)です。2人とも60歳に差し掛かろうとする年齢であり、ボディーガード役として適任とは言い難いです。清田健二と薄葉政嘉は2人とも、山口組2次団体のトップであり、その中でも1次団体の「幹部」という上級職に就いています。2人とも1次団体山口組の中で位置する地位は高いです。清田健二は愛知県の名古屋市の東隣に位置する瀬戸市を拠点にする瀬戸一家のトップであり、薄葉政嘉は愛知県東部に位置する豊橋市を拠点にする平井一家のトップです。清田健二は2011年から、薄葉政嘉は2013年から「組長付」という職にも就いています。文字通り、1次団体の組長である司忍に付いて、ボディーガードの役割を果たす仕事です。

*今回記事を作成するにあたり『実話時代』2016年3月号、『六代目山口組10年史』(2015年、メディアックス)、『完全保存版 TOWN MOOK 山口組 百年の血風録』(週刊アサヒ芸能・特別編集、2015年、徳間書店)の情報を参考にさせて頂きました。

 清田健二と薄葉政嘉が組長付に選ばれた理由の1つとして、司忍の出身母体である弘道会と同じ愛知県に地盤を置いていることがあるはずです。司忍としても安心する部分があるのでしょう。屈強な若い構成員をボディーガード役にせず、あえて2次団体のトップ2人をボディーガード役に据えているのは、象徴的な意味があります。1次団体山口組トップ司忍の名目上の子分は、2次団体トップ達の数十人しかいません。ヤクザ社会の親分子分という垂直的な人間関係を起点にすれば、親分の命は「子分が身を挺して守る」という考えになります。非効率でありながら、司忍のボディーガード役を2次団体トップである清田健二と薄葉政嘉が務めることは、親分子分の関係を象徴的に体現している行為なのです。清田健二と薄葉政嘉の2人にとって、「親分の命を身を挺して守る子分」を演じることの利点は大きいです。トップを務める自分の団体内において、親分子分の関係を強化しやすくなるからです。

 また山口組の組長付に関しては、2014年から山口組の2次団体・石井一家のトップ・生野靖道も就任しています。石井一家大分県大分市を拠点に置いています。生野靖道も司忍と同行する姿が実話誌の写真に収められています。

 司忍が写っている写真内に、随行者としてもう1人よく見かける人物がいます。2005年、司忍が収監される前の写真にも、司忍の後ろに写っています。この人物は長年司忍のボディーガードを務めていると推定されます。顔と氏名が一致する記事がないので、人物の断定はできません。恐らく、ボディーガードの仕事を専門としているのだと思います。武術に長けている人物であることは想像に難くありません。