ヤクザ組織の減衰

 先日警察庁から発表された「平成27年暴力団情勢」によれば、2015年末時点の山口組の組織人数(構成員と準構成員等の合計数)が14,100人であることが判明しました。前年の2014年山口組の組織人数は23,400人でした。前年対比で見ると9,300人減、割合にして39.7%減です。1年で激減していることが分かります。激減したものの、山口組が抱える組織人数はヤクザ組織の中で1番です。激減の主な要因として、組織が二分したことがあります。2015年8月末、山口組内最大勢力の山健組をはじめとした13の2次団体が山口組を脱退しました。脱退したグループは神戸山口組という新組織を興します。その後、山口組から神戸山口組に移籍する2次団体及び3次団体が相次ぎました。2015年末時点の神戸山口組の組織人数は6,100人です。抱える組織人数から見れば、山口組住吉会に次ぐ三番目の組織となっています。山口組14,100人と神戸山口組6,100人を足すと、20,200人です。2015年の旧山口組の組織人数20,200人と2014年山口組組織人数23,400人を比較すると、前年対比3,200人減、割合にして13.7%減となります。山口組を脱退して神戸山口組に集った人数とは別に、3,200人が1年の間で山口組から消えていることが分かります。

*今回記事を作成するにあたり警察庁の「平成27年暴力団情勢」、『実話時代』2016年4月号の情報を参考にさせて頂きました。

*記事内で用いている「組織人数」は全て「構成員と準構成員等の合計数」となっています。

 

 前年対比13.7%減の背景にも、山口組分裂騒動があります。1つの方向にまとまらず、残留組と移籍組に分かれた2次団体が多数ありました。統制の弱まった団体所属の構成員や準構成員にすれば、通常よりヤクザ業界引退のハードルが低くなりました。分裂騒動の情報をTwitter上でいち早くツイートして有名になった通称“ツイッター組長”(@nekokumicho)も当初神戸山口組側にいましたが、分裂騒動後引退したことを明らかにしています。しかし分裂騒動という要素だけでは前年対比13.7%減を説明できません。近年山口組の組織人数は下落の一途を辿っています。2008年山口組組織人数は38,000人、2009年36,400人(前年対比4.2%減)、2010年34,900人(前年対比4.1%減)、2011年31,000人(前年対比11.2%減)、2012年27,700人(前年対比10.6%減)、2013年25,700人(前年対比7.2%減)、2014年23,400人(前年対比8.9%減)となっています。2015年8月末の分裂騒動を除いて、2008年以降山口組の内外において大きな抗争等は起きていません。つまり毎年、自然と一定の組織人数が減少している傾向に山口組はありました。2015年旧山口組組織人数20,200人を2008年対比すると、17,800人割合にして47%減少していることが分かります。

 

 他のヤクザ組織においても組織人数は下落の一途を辿っています。山口組に次ぐ組織人数を持つ住吉会においては、2015年末時点の組織人数は7,300人です。2014年組織人数は8,500人でした。前年対比1200人減、割合にして14.1%減となっています。近年同様の傾向が続いています。2008年12,700人、2009年12,800人(前年対比0.8%増)、2010年12,600人(前年対比1.6%減)、2011年11,700人(前年対比7.1%減)、2012年10,600人(前年対比9.4%減)、2013年9,500人(前年対比10.4%減)、2014年8,500人(前年対比10.5%減)となっています。2015年住吉会組織人数7,300人を2008年対比すると、5400人割合にして43%減少していることが分かります。住吉会は2008年以降、内外において大きな抗争を起こしていません。

 

 神戸山口組に次ぐ4番目の組織人数を持つ稲川会においては、2015年末時点の組織人数は5,800人です。2014年組織人数は6,600人でした。前年対比800人減、割合にして12.1%減となっています。近年同様の傾向が続いています。2008年9,300人、2009年9400人(前年対比1.1%増)、2010年9,100人(前年対比3.2%減)、2011年8,100人(前年対比11.0%減)、2012年7,600人(前年対比6.2%減)、2013年7,000人(前年対比7.9%減)、2014年6,600人(前年対比5.7%減)となっています。2015年稲川会組織人数5,800人を2008年対比すると、3,500人割合にして38%減少していることが分かります。稲川会は2008年以降、2011年以降脱退した山梨俠友会との抗争(2016年2月終結)を起こしているのみです。

 

 旧山口組住吉会、稲川会の寡占状態が長らく続いているヤクザ業界全体も同様の傾向を示すことになります。2015年時点の全組織人数は46,900人です。2008年は78,600人でした。2010年対比すると、31,700人割合にして40%減少していることが分かります。10年も経たない期間で旧山口組住吉会、稲川会の組織人数が共に3割を超える減少幅を見せています。ちなみに警察庁によるヤクザ組織の組織人数の把握は、ヤクザ組織側からの「自己申告」に基づいています。つまり客観的なデータに基づいている訳ではありません。暴対法が施行される前までは、事務所を構える各ヤクザ組織は事務所に組員の名札を掲げたり、名簿を作成していました。客観的に近いデータが存在していました。暴対法以前より、「数字の根拠」が薄くなっています。ヤクザ組織側は自己申告において、所属人数を、実人数より多めにして伝えているのか、それとも少なめにして伝えているのか、どちらの傾向にあるのでしょうか。まず「少なめにして」伝える利得は特にありません。一方、「多めにして」伝える利得は少しあります。暴力を活動の基盤とするヤクザ組織にとって、自身の組織を「大きく」見せる演出は常に欠かさない面があります。それを踏まえると、近年ヤクザ組織の組織人数の激減はヤクザ社会における明らかな地殻変動を示しています。ヤクザ組織が減衰していることが窺えます。

 

 背景には、2011年全国で施行された暴力団排除条例による取締り強化があります。1992年に施行された暴対法はヤクザ組織の活動に様々な制限を加えました。一方、ヤクザ組織はヤクザ組織内で完結できるビジネスの覚醒剤販売や違法賭博に加えて、周辺者との協同ビジネスに深く関わっていくようになります。正業の中でも金融や不動産といった業種は、時に「強引な手法」がビジネス遂行の為に、求められることがあります。「ヤクザ組織の周辺者」となった事業者は、「強引な手法」の際、「ヤクザ組織の威光」を用いることができます。当然、代償として、ビジネスの売上の一部を何らかの形でヤクザ組織に流入させることが求められます。2011年施行の暴力団排除条例は周辺者を「密接交際者」として厳しい制裁を科すことに特徴がありました。また「密接交際者」の適用範囲が実質、警察当局の解釈次第である為、ヤクザ組織との接触自体を避けることが増えていきました。2011年以降、ヤクザ組織に入ってくる資金は減少、結果上納金を払えない組員が増加しました。「ヤクザ組織の組員としての資格」は「上納金の支払い」によって担保されているのが現在のヤクザ社会です。上納金を支払えなければ、組員をやめざるをえません。近年のヤクザ組織の組織人数減少は暴排条例の奏功を物語っているのです。