連れ出しスナック

 夜間営業を主とし、客に酒を含む飲食とホステスとの会話、カラオケによる歌唱の機会を提供するのがスナックという飲食店です。一昔、スナックの営業に加えて、売春サービスを提供していた店が一部ありました。現在も、以前より少なくなったものの、売春サービスを提供するスナックは存在しています。売春サービスを提供しているスナックでは、スナックでのサービスを楽しんだ後、店の許可の元、客は気にいったホステスを連れ出すことができます。連れ出されたホステスは、主にラブホテルで客に売春行為を提供していました。客は飲食代とは別に、売春料金をスナックに支払う必要があります。売春サービスを提供するスナックは“連れ出しスナック”と呼ばれます。客側としては、スナック内で楽しい時を過ごしたホステスに多少の思いが募っており、その後の売春サービスも情緒的に楽しむことができます。一方風俗店の場合、顔見せ写真だけで相手を選びます。若干の会話後、性的サービスを受けますが、無機質な感じを受けやすいです。

*今回記事を作成するにあたり『消えた赤線放浪記 その色町の今は…』(木村聡、2016年、ちくま文庫)、『週刊実話』2016年1月7日・14日号「風俗新潮流 タイ“売春”スナック」(八木澤高明著)、『週刊実話』2016年2月4日号「風俗新潮流 横浜・風俗街」(八木澤高明著)、『日刊ゲンダイ』2014年9月3日号(2日発行)の情報を参考にさせて頂きました。

 売春を提供するスナックの中には、スナック本体の営業を行っていない店もありました。売春サービスの提供のみの「スナック」です。横浜市黄金町では、戦後、飲食店が立ち並び、飲食店の女性従業員による売春サービスが提供されていました。1958年施行の売春防止法を挟み、売春サービスを提供する主体はスナックに変わりました。『消えた赤線放浪記 その色町の今は…』(木村聡、2016年、ちくま文庫)によれば、1997年の黄金町では、約120軒のスナックが営業していました。しかし約1割の店がスナック本体の営業をして、残りの約9割の店はスナック本体の営業をしていませんでした。スナック内の椅子は少なく、棚には空き瓶が置かれているという様相でした。売春目的で来訪した客は、スナックで複数のホステスから相手を選び、値段交渉及び決済をします。売春サービスは、近隣のラブホテルではなく、スナックの2階の小部屋にて行われていました。スナックの店舗は、売春サービスの「受付」「売春婦の顔見せ」として機能していました。

 1997年木村聡の体験取材では、料金が1万円でした(『消えた赤線放浪記 その色町の今は…』138頁)。合法領域に収められているソープランドとは異なり、スナックにおける売春サービスは違法行為です。違法行為である為、ソープランドの料金より安くしなければ、客は集まりません。横浜は港町という性格上、港湾労働者が多くいました。一部の港湾労働者が居住してできたドヤ街が寿町です。ドヤ街の居住者は独身男性です。売春サービスを利用する機会の多い層です。黄金町のスナック街が“売春街”として発展した背景には、寿町というドヤ街の存在があったのです。しかし2005年、黄金町のスナック街は厳しい摘発を受けます。また横浜の観光地化、寿町居住者の高齢化の動きも加わり、現在では黄金町の売春スナックは消滅しています。

 連れ出しスナックで働くホステスは、日本人もいましたが、東南アジアの女性が多かったです。東南アジアの女性が日本で働き、母国に稼いだお金を持ち帰れば、為替の関係で大金となります。日本での売春行為を選択する人もいます。連れ出しスナック側も東南アジアの女性を望みました。日本人女性の場合、風俗産業で働く場合選択肢が多く、売春行為が義務づけられる連れ出しスナックを選ぶ人は多くありません。日本人に限っていては、働き手を確保できないからです。外国人女性が日本で働く場合、在留期間3年の「興業ビザ」と在留期間90日「観光ビザ」(表向き、就労はしてはいけない)を取得しなければなりません。期限が切れれば、「不法滞在」の扱いとなります。加えて、異国の地での生活不安もあります。連れ出しスナックで働く東南アジアの女性には、公的機関以外の「組織的保護」が自ずと必要になってきます。

 東南アジアの女性が日本の風俗産業に現れた1970年代後半から、「組織的保護」の役割を果たしてきたのが日本のヤクザ組織です。東南アジアの女性による日本の風俗産業の就労を巡って、ヤクザ組織は一貫して関与しています。現地における女性集め・日本への送り出し、連れ出しスナック等への送り込み、連れ出しスナック等で働くホステスの管理・客トラブル処理など幅広く関わっています。ヤクザ組織は送り出し・送り込みの対価として斡旋料をホステスから、ホステス管理・客トラブル処理の対価としてミカジメ料を連れ出しスナック等から徴収します。

 斡旋料はホステスに数百万円の借金を背負わせる形をとります。つまり東南アジア出身のホステスは、数百万円の借金を返し終わった後に、はじめて自分の稼ぎを行えます。「組織的保護」が働く裏側に、「組織的搾取」が働いているのです。連れ出しスナックはヤクザ組織の関与が濃い為、ヤクザ組織の他のシノギ(事業)の場としても機能していることは想像に難くありません。実際覚醒剤の小売り、野球賭博の窓口が行われているスナックがあります。連れ出しスナックもそれらの場となっている可能性があります。

 東南アジアの中でもタイ人女性のホステスを主とする連れ出しスナックが1980年代以降流行りました。タイ人女性ホステスの連れ出しスナックが多くあった場所として、茨城県の土浦、石岡、筑波、栃木県の宇都宮、千葉県の銚子、群馬県伊香保温泉、静岡県伊豆長岡、長野県の松本、佐久、三重県の鳥羽、渡鹿野島が挙げられます。現在は摘発が強まったことで、大半のタイ人女性ホステスの連れ出しスナックが消滅しています。しかし常連客相手に限り営業している店もあります。