山口組分裂抗争は長期戦の様相を呈し始めた

 山口組分裂を巡る抗争が表面上、山口組と神戸山口組の両団体により鎮静化の傾向にあります。5月31日神戸山口組2次団体・池田組若頭が射殺され、6月5日実行犯を名乗る山口組2次団体・弘道会の傘下組員が捜査本部の岡山南警察署に出頭してから、日数が経ちました。この間、神戸山口組から山口組に対して目立った報復行動は見られていません。歴史的に山口組は関わる抗争において、「血のバランスシート」を重視してきました。『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編)によれば、血のバランスシートは「抗争時の死傷者の数だけでなく、犠牲者の地位や重要性も加味した複合的要素による組織的ダメージの対比を指す言葉」を意味しています(*1)。自陣の重要幹部が殺害されたら、報復として殺害された人物に相当する敵陣の重要幹部、もしくは地位の下がる構成員を複数殺害することで、対立の均衡が崩れないようにするのです。逆に、一方的に攻撃を受けるばかりで、また報復もできないと、対立の均衡は崩れ、敵陣優勢になります。山口組は1950年代後半から2000年代まで、数々の抗争で、血のバランスシートの原則を守り、厳密に言えばバランスシートを超えて相手方に「より多くの死傷者」を出させてきました。脱退したものの、「本来の山口組」を自任する神戸山口組内にとっても、血のバランスシートの意識は強いです。

 しかしヤクザ組織を取り巻く厳しい法環境、警察当局の厳しい取締りにおいては、神戸山口組側にとって山口組重要幹部射殺という報復手段は極めて取りにくいです。仮に神戸山口組側が山口組重要幹部射殺を実行すれば、警察当局が両団体の抗争激化を恐れて、両団体に関して極めて厳しい制裁を科すことは明らかです。山口組側においても、勢いに乗り、神戸山口組に対して射殺攻撃を繰り返すことはできません。池田組若頭射殺事件の罪が組織犯罪処罰法により山口組上層部まで及んでくる可能性が高い中、射殺という「強硬手段」を保持するものの、連続的に行使できない状況下に山口組はあります。よって両団体は、敵意を持ちつつ抗争を鎮静化せざるをえない状況なのです。

 抗争期間は、警察当局による監視強化、構成員達を待機や潜伏させることが多くなるので、ヤクザ組織のシノギつまり資金獲得活動は停滞します(*2)。抗争が長引けば長引くほど、経済的基盤の弱いヤクザ組織は、抗争活動に耐えられなくなっています。経済力の強さも、今後抗争の帰結を決める上で、重要な要素となってきます。今後、神戸山口組にとっての報復は、山口組への切り崩しになっていきます。弘道会以外の2次団体及び3次団体以下に対して、神戸山口組への移籍話を持ち掛け、山口組本体を徐々に細くしていくことを狙っていきます。数の上で優位に立ったところで、弘道会が主導する山口組から「山口組」の名前を奪還し、山口組に名実共に返り咲くことを最終的目標にしていくはずでしょう。

 対する山口組側も同じ展開をしてきます。山口組には、経済的基盤のある弘道会、首都圏に多くのシマを持つ國粹会と落合金町連合がおり、「切り崩しに掛けられるお金」は潤沢にあります。また1989~2003年の長期間、山健組若頭を務めていた橋本弘文統括委員長(極心連合会会長)が山口組にいます。山口組五代目組長・渡辺芳則組長体制時(1989~2005年)において、渡辺芳則の出身母体山健組にとって、1990年代は全盛期でした。1990年代に若頭を務めていた橋本弘文は、山健組の組織と人間関係事情をよく把握しているはずです。ただ山健組出身で神戸山口組の重要人物であるトップの井上邦雄、若頭代行の織田絆誠について、橋本弘文がどれだけ把握しているかは疑わしいです。

 井上邦雄は山口組と松田組との抗争(1975~1978年)において射殺事件首謀者として逮捕され、過去の事件の罪も加味され、長期服役生活に入ります。出所したのは2000年です(*3)。ヤクザ組織上層部においてこの長期服役経験は珍しいです。ちなみに山口組では、2次団体・竹中組トップの安東美樹が二十数年の懲役経験を持っている一人です。安東美樹は1988年山一抗争の事件にて逮捕、2011年に出所しています(*4)。また織田絆誠は、弘道会が主導した1990年山波抗争にて逮捕され(当時山口組2次団体・倉本組所属)、長期服役に入り、出所後山健組に加入します(*5)。織田絆誠は2001年頃出所したとされています。橋本弘文が山健組若頭を務めていた期間(1989~2003年)と、井上邦雄と織田絆誠が山健組内で活動を再開した時期(2000年代前半)があまり重なっていません。神戸山口組の重要人物2人と山健組内で過ごした活動期間が短いことは、両名に関する情報を橋本弘文が多く持ち得ていないことを示唆しています。今回の抗争において、山健組のベテラン勢ではなく、織田絆誠が前面に出てきている要因の1つではないかとも考えられます。ともかく、この抗争は数年単位の長期戦の様相を呈し始めてきました。

<引用・参考文献>

*1 『現代ヤクザ大事典』(実話時代編集部編、2007年、洋泉社、130P)

*2 『実録!! 裏社会の教科書』(藤原良、2008年、ミリオン出版、30~31P)

*3 『実話時代』2015年3月号、22P

*4 同上、48P

*5 『週刊実話』2015年10月15日号、34P