宮崎市での刺殺事件の背景にある対立構図

 8月19日未明、宮崎県宮崎市にて山口組2次団体・石井一家大分市)の傘下団体の元構成員が複数名により刃物で刺されるなどにより、殺害される事件が起きました。事件があった時間、複数の大きな怒声を、地域住民が聞いていました。現場近くに、山口組と敵対する神戸山口組の傘下団体事務所があることから、宮崎県警はその傘下団体を捜査対象にして事件の解明を図っています。(*1)

 殺害された元構成員が所属していたのは、石井一家傘下団体の井根組(山口組3次団体の位置づけ)です。井根組は1980年代以前から宮崎市を活動拠点としており、当時から石井一家の傘下組織でした(*2)。石井一家の中でも、老舗組織と言えます。一方、加害者側とされる神戸山口組の組織は、2次団体・池田組(岡山市)の傘下団体である志龍会です。志龍会は、2015年8月末の山口組分裂後に設立された組織です。志龍会を形成している構成員らは、元々は石井一家の構成員でした(*1)。見方を変えれば、池田組が宮崎市で活動する石井一家勢力を自陣に引き入れた結果、生まれたのが志龍会です。この件から、九州における池田組の攻勢も窺い知れます。

 今回の殺人事件の前に、「石井一家に残留した井根組」と「石井一家を脱退した志龍会結成グループ」の対立構図が宮崎市にはあったのです。山口組分裂前までは、同じ2次団体に属し、活動拠点を同じにしていることから、両団体同士の親交は濃かったことは想像に難くありません。その反動として、互いの憎しみも増長していたでしょう。

 殺害されたのが元構成員や、突発的に起きた様相から、計画的な犯行ではないと考えられています。

<引用・参考文献>

*1 『週刊実話』2016年9月8日号, p32~35

*2 『戦後ヤクザ抗争史』(永田哲朗、2011年、文庫ぎんが堂), p115~126