2005年時までの國粹会の勢力

 現在の山口組2次団体・國粹会は、2005年8月山口組傘下に入るまでは、独立団体でした(*1)。同じ山口組2次団体・落合金町連合も元々國粹会に所属していました。2011年10月内部昇格の形で落合金町連合は、國粹会から離れて、山口組2次団体となりました(*2)。2005年時までの独立団体・國粹会としての勢力は、約1,060人、都内に限れば約560人と言われています(*1)。一方、警察庁「平成16年の暴力団情勢」によれば、2004年時点の國粹会の構成員数は約350人となっています(*3)。「約1,060人」は準構成員を含めた数と考えられます。

 

 2004年時の関東ヤクザ組織の構成員数は、住吉会約6,600人、稲川会約5,000人、極東会約1,500人、松葉会約1400人、双愛会約320人となっています(*3)。以上の5団体も、準構成員数を含めると、もっと人数は多かったと考えられます。当時の國粹会の構成員数約350人は、関東ヤクザ組織の中で比較すると、極めて小さい勢力であったことが窺えます。

 

 2005年当時の國粹会の勢力範囲は一都六県でした(*1)。東京、千葉、埼玉、長野などで活動していました(*1)。残りの2県は山梨県茨城県と考えられます。國粹会の参加組織の1つである吉田川一家は、山梨県富士吉田市に拠点を置いてきました(*4)。また茨城県には、國粹会の参加組織の1つである古河生井一家が拠点を置いてきました。2005年時までの勢力「約1,060人」から「都内勢力約560人」を引くと、6県で約500人となります。6県でも一定の存在感があることが分かります。

 

<引用・参考文献>

*1 『実話時代』2017年4月号, p109-112

*2 『実話時代』2015年3月号, p45

*3警察庁「平成16年の暴力団情勢」

*4 『実話時代』2016年10月号, p144