独立団体の石湊会

 『週刊アサヒ芸能』2017年9月7日特大号において元山口組組員の作家・沖田臥竜が、長崎県内最大のヤクザ組織・石湊会が「指定暴力団」に指定される予定であるという内容の記事を書いています。沖田臥竜の記事によれば、石湊会は元々山健組傘下の組織で、2015年8月の山口組分裂以降、山健組から脱退し、今日まで独立団体として活動しています(*1)。『実話時代』2017年2月号「全国指定二十二団体最新版勢力地図」は、2015年末時点の長崎県で活動するヤクザ組織の組織人数を370人としています(*2)。最大割合32%(120人)を持つ組織として、「その他1組織」が記事内では紹介されていました(*2)。『実話時代』は組織名を伏せる形で紹介していました。「その他1組織」は石湊会を指していたのです。

 

 2番目が16%の「山口組3組織」「周辺者」(60人)、3番目が11%の「道仁会2組織」「福博会1組織」(40人)、4番目が5%の「浪川会2組織」(20人)、5番目が3%の「工藤會1組織」「神戸山口組1組織」「県認定外暴力団員」(10人)という構成内容になっています(*2)。長崎県内で石湊会が、活動人数の面で、他の組織と大きな差をつけていることが分かります。石湊会にとって、長崎県内の資金獲得活動に限れば、独立団体として充分やっていける考えがあったのでしょう。一方山健組にとって、本来「石湊会の脱退」は好ましくない事態だったと考えられます。しかし2015年8月以降の両山口組の引き抜き合戦の状況を踏まえると、「石湊会の脱退の意向」を拒否した場合、山口組側に入られる可能性もありました。山口組側に入られるよりは、独立団体として活動してもらった方が良いと、当時の山健組本部は判断したと考えられます。

 

 石湊会にとって独立団体として活動する長所、短所があります。長所としては、「上部団体(山健組本部)への上納金」がなくなったことが挙げられます。山健組傘下団体には毎月の上納金に加えて、組員1人につき毎月1万円の登録料が課せられていると言われています(*3)。石湊会の場合、毎月上納金に加えて、約120万円(120×1万)を山健組本部におさめることになります。石湊会にとって多大な経済的負担であったと考えられます。しかし独立団体として活動する以上、「上部団体」は存在しないので、以上の経済的負担はなくなります。また長崎県という地理的位置上、神戸市の山健本部への人員派遣も経済的負担となっていたと考えられます。独立団体となれば、人員派遣もせずに済むので、経済的負担はさらに楽になるはずです。

 

 一方、短所としては「山健組ブランド」を使用できないことが挙げられます。ヤクザ組織は資金獲得活動において、他団体と競合する時が多々あります。他団体と優劣を競う際、多くの要素が絡んできます。抗争による処罰が軽い時代は、組織の好戦性が物を言いました。しかし抗争による処罰が重くなった現在、武力によって決着をつけにくくなっています。よって物を言うのが「上部団体のブランド名」です。山健組のブランド名が大いに通用した時代がありました。特に五代目山口組時代(1989~2005年)は、山口組トップの渡辺芳則が山健組出身者だったこともあり、山健組のブランド力は強かったです。しかし2005年弘道会出身の司忍が山口組トップに就くなど、弘道会の勢力が伸びた結果、「山健組ブランド」は相対的に低下していきました。

 

<引用・参考文献>

*1 『週刊アサヒ芸能』2017年9月7日特大号「衝撃!長崎県警が元山健組系組織を「指定暴力団」検討へ」(沖田臥竜著), p41

*2 『実話時代』2017年2月号「全国指定二十二団体最新版勢力地図」(人数はすべて警察資料による), p32

*3 『日刊ゲンダイ』2017年8月29日号(28日発行)「溝口敦の斬り込み時評<316>」, p5