宮城県の住吉会2次団体

 東北の宮城県では、組織人数において、住吉会が最大勢力となっています(*1)。過去の資料ですが、宮城県のヤクザ組織人数の54%を住吉会が占めています(*1)。続いて、旧山口組(2015年8月以前)が30%、稲川会が8%、松葉会が5%となっています(*1)。住吉会が最大勢力である要因としては、長年宮城県内で活動していたテキヤ組織等が住吉会に加入したことがあります。

 

 住吉会宮城県に拠点を置いている主な2次団体としては、西海家と西和一家があります。ともに、宮城県で独立団体として活動した後に、住吉会に入った経緯を持っています(*2) (*3)。西海家は東北最大と言われたテキヤ組織で、仙台市を本拠としています(*2)。大正末期、東京から仙台に来た横田末吉によって興されました(*2)。その後、分家により広がった一門を再結集させる動きが出てきます(*2)。再結集の組織として、1982年西海家総連合会が結成されます(*2)。西海家総連合会は1991年、住吉連合会(住吉会)に加入して、現在に至ります(*2)。

 

 西和一家は、宮城県内を拠点にする3団体が2003年合併した結果、誕生した組織です(*3)。3団体は川崎、錦戸、西方です(*3)。2003年の合併前に3団体は、住吉会に加入していまいた(*3)。川崎は元々、東京盛代というテキヤグループの「東京盛代盛永会」というテキヤ組織で、石巻市を拠点に活動していまいた(*4)。錦戸も、東京盛代グループで「東京盛代錦戸連合会」というテキヤ組織で、仙台市を拠点に活動していました(*4)。先述した別の2次団体・西海家もテキヤ組織であったことから、宮城県住吉会勢力において、テキヤ組織を源流とする組織が多いことが窺えます。東京盛代錦戸連合会は1989年、同様に仙台市を拠点とする西海家総連合会とともに、親睦団体・共和会を結成しています(*5)。しかし西海家総連合会が住吉会入りした1991年、東京盛代錦戸連合会も住吉会入りし、共和会は消滅しました (*5)。

 

 西方は、1993年西方一家と阿部組が合併した結果、誕生した組織です(*3)。阿部組は、太平洋戦争後、石巻市で活動していた二見鳳輦一家というヤクザ組織を出身母体としています(*6)。阿部組の初代阿部六郎は元々二見鳳輦一家の舎弟でした(*6)。その後阿部六郎は独立しますが、長らく正式な組織を立ち上げませんでした(*6)。しかし東京盛代盛永会の川崎永吉のすすめもあって、阿部六郎は1970年阿部組結成の書状披露をして、正式に阿部組という組織を立ち上げます(*6)。阿部組はテキヤ組織ではありません(*6)。1993年の合併相手の西方一家テキヤ組織であるか、博徒系組織であるかは分かりません。

 

<引用・参考文献>

*1 『実話時代』2015年2月号「二〇一五年度版指定21団体最新勢力マップ」(人数はすべて警察資料による)

*2 『実話時代』2016年8月号, p103

*3 『別冊 実話時代 龍虎搏つ!広域組織限界解析Special Edition』(2017年6月号増刊), p95

*4 『洋泉社MOOK・勃発!関東ヤクザ戦争』(有限会社創雄社『実話時代』田中博昭編、2002年、洋泉社), p150

*5 『実話時代』2017年9月号, p25

*6 『ヤクザの散り際 歴史に名を刻む40人』(山平重樹、2012年、幻冬舎アウトロー文庫), p106-107