仲連合会

 

 極東会2次団体・仲連合会は東京都北区赤羽を拠点に活動してきました(*1)。仲連合会初代は仲秀五郎でした(*2)。仲秀五郎は、極東会初代に位置付けられる関口愛治の舎弟でした(*2)。

 

 関口愛治をトップとする関口グループは太平戦争後(1945年以降)、池袋を拠点に勢力を拡大、新宿にも進出しました(*3)。1961年関口グループは他のテキヤ組織と集い、極東愛桜連合会を結成しました(*3)。1964年から開始された警察庁の取締り強化を受けて、1967年2月極東愛桜連合会は解散しました(*3)。同年10月、関口愛治は死去しました(*3)。1979年旧関口グループは極東関口会を結成しました(*3)。1990年極東関口会は「極東会」に改称しました(*3)。

 

 仲秀五郎は極東会初代・関口愛治から分家を許されました(*2)。仲連合会は極東会初代から続く組織であり、極東会の中では「伝統ある組織」と見なされていると考えられます。

 

<引用・参考文献>

*1 『SANWA MOOK ウラ社会読本シリーズ⑤ 極東会大解剖 「強さ」を支えるのは流した血と汗の結晶だ!』(実話時代編集部編、2003年、三和出版), p172

*2 『洋泉社MOOK・義理回状とヤクザの世界』(有限会社創雄社実話時代編集部編、2001年、洋泉社), p209-210

*3 『SANWA MOOK ウラ社会読本シリーズ⑤ 極東会大解剖 「強さ」を支えるのは流した血と汗の結晶だ!』, p10-19