GHQの団体等規正令

1945年8月太平洋戦争に敗れた日本はアメリカに占領されました。占領時、日本政府に影響を及ぼしたのが連合国軍総司令部(GHQ)でした(*1)。GHQはヤクザ組織を解散に追い込む為、団体等規正令を出しました(*1)。団体等規正令により1949年及び1950年に解散した…

説明変数と目的変数

統計学において「結果」の変数は、目的変数と呼ばれます(*1)。一方、「要因」の変数は説明変数と呼ばれます(*1)。覚醒剤小売価格の市中相場は季節によって変動します(*2)。盆暮れは覚醒剤需要が高まり、小売価格が高くなります(*2)。この場合、季節が「説明…

日本で生まれた覚醒剤・メタンフェタミン

覚醒剤は日本において、覚せい剤取締法制定の1951年から違法薬物となりました(*1)。1951年以前覚醒剤は「ヒロポン」という商品名で気管支喘息やうつ病の治療薬、滋養強壮剤として使用され、合法的な存在でした(*1)。主な覚醒剤の化学物質は、アンフェタミン…

WHIP

野球の守備おいて重要なのが「出塁」させないことです。「投手の1イニングに出した出塁数」の指標として知られるのがWHIP (Walks plus Hits per Inning Pitchedの略)です(*1)。WHIPの計算式は以下です(*1)。 <引用・参考文献> *1 『岩波 科学ライブラリ―…

ナシオトバイ

テキヤ組織の新人は「口上なしの商売」から露店稼業を始めました(*1)。口上なしの商売は「ナシオトバイ」と呼ばれました(*1)。口上技術の取得に一定期間が必要であったことが窺えます。 <引用・参考文献> *1 『親分 実録日本俠客伝①』(猪野健治、2000年、…

パークファクター

「本拠地の野球場におけるホームランの出やすさ」を表す指標として「パークファクター」があります(*1)。パークファクターは以下の計算式で求められます(*1)。 つまり「本拠地1試合において本塁打及び被本塁打の出る率」と「他球場1試合において本塁打及び被…

出塁率と長打率の計算式

野球においても統計学的な要素は用いられています。打者の能力を測る指標として「出塁率」「長打率」があります。計算式は以下です(*1)。 <引用・参考文献> *1 『岩波 科学ライブラリ―223 勝てる野球の統計学 セイバーメトリクス』(鳥越規央・データスタ…

石井隆匡と趙春樹

稲川会初代の稲川聖城会長体制時(期間:1949~1986年)、「錦政会」から「稲川会」と改称した1972年以後、ナンバー2の理事長職は2人の人物が担いました(*1)。1972~1980年理事長を務めた石井隆匡(横須賀一家総長)と(*2) (*1)、1980~1985年理事長を務めた趙…

相関係数の数式

相関係数(相関の強さを表す指標)rの数式は以下になります(*1)。 <引用・参考文献> *1 『ブルーバックスB-2085 今日から使える統計解析 普及版 理論の基礎と実用の“勘どころ”』(大村平、2019年、講談社), p238

標準偏差の数式

標準偏差の数式は以下になります(*1)。 <引用・参考文献> *1 『ブルーバックスB-2085 今日から使える統計解析 普及版 理論の基礎と実用の“勘どころ”』(大村平、2019年、講談社), p34

テキヤ組織と博徒組織における夏の売上

テキヤ組織にとって、夏祭りのある夏は稼ぐ時期でした(*1)。夏祭りでテキヤ組織は露店商売を行いました。夏の時期、テキヤ組織に入る金は多かったです。ちなみにテキヤ組織にとって秋祭りのある秋も稼ぐ時期でした(*2)。 一方、博徒組織にとって夏は活動停止…

赤線と青線

太平洋戦争後の日本の風俗業界において、1946~1958年の間、「赤線」と「青線」という言葉が使われていました。赤線とは、「公的に売春が認められた地区」を示す言葉でした(*1)。対して青線とは、公的に売春が認められていないけれど売春活動がある、つまり…

ヤクザ組織はスカウトマンを通じて力を及ぼす

一昔より目立たなくなったとはいえ、繁華街で未だに若い女性に声を掛ける男性達つまりスカウトマンがいます。女性に無視をされても、横を歩きしつこく話しかけてきます。さすがにしばらく女性が無視し続けていると、スカウトマンはあきらめます。しかしスカ…

国政選挙に出馬した尾津喜之助

太平洋戦争終了後(1945年以降)、日本の主要都市において「闇市」が生まれました(*1)。社会党の片山哲内閣(1947年5月~1948年3月)時(*2)、闇市の規制が厳しくなりました(*1)。片山哲内閣時、テキヤ組織尾津組トップの尾津喜之助が、不法占拠の容疑などで逮…

無作為抽出

統計学において「母集団」から「標本」を抽出する際、「無作為」に行うことが求められます(*1)。「無作為」の逆、作為的な標本抽出は避けなければなりません。例えば大阪府警が大阪府に活動拠点を置くヤクザ組織の実態を調査する際、大阪の繁華街・ミナミに…

オッズ比

統計学において「因子(要因)と結果の関係の強さ」を確認する方法として、オッズ比があります(*1)。オッズ比は、数値が高いほど、因子と結果の関係の強さを示します(*1)。 ヤクザ組織における「50歳代以上の構成員のキャリア」を例にオッズ比について説明し…

ぷうばい

かつて「ぷうばい」という商売がありました(*1)。乗車券や入場券などを不当に多く買い、買えなかった人々に割増で売るのが「ぷうばい」でした(*1)。「ぷうばい」は漢字に直すと「符売」で、不当な転売ビジネスでした。 <引用・参考文献> *1 『親分 実録日…

道仁会の池田組

1971年1月、福岡県久留米市を拠点とする古賀一家の古賀磯次によって道仁会が結成されました(*1)。結成時の道仁会の組員数は150人 (*1)、または200人(*2)という話があります。初期の道仁会は150~200人規模の組織だったことが推測されます。古賀磯次が地元組織…

宝永師

テキヤ組織の露店商人は「宝永師」とも呼ばれていました(*1)。江戸時代の宝永年代(1704~1711年)以降、全国の高市(縁日や祭り)(*2)を行き来する露店商人や行商人が増加したことが、「宝永師」の名称由来です (*1)。江戸時代から露店商人が活動していたこ…

相関

2つのデータの関係性を知りたい時、「相関」は重要な道具となります。例えば「関東最大ヤクザ組織の住吉会の構成員数」と「暴力団排除条例全国施行(2011年)以降 (*1)の経過した年数」の関係性を知りたい場合、相関が役立ちます。 相関とは、1つのデータの…

大占め

テキヤ組織による露店商売で、蛇などを用い大勢を集客する手法は「大占め」(おおじめ)と呼ばれました(*1)。「大占め」の名前は、「大きく場所を占有する」ことから来ていました(*1)。大占めでは、催眠術の本や薬草類が売られていました(*1)。 <引用・参考…

不動産屋を通じてミカジメ料を徴集していたヤクザ組織

店舗型の違法ビジネス業者(ex裏カジノ、ボッタクリ店、裏ビデオ店)は、ヤクザ組織の影響下の不動産屋から店舗を借りることがありました(*1)。店子の違法ビジネス業者は不動産屋に相場より割高な権利金や家賃を払いました(*1)。相場より高くなっているのは…

標準偏差

ばらつきの大きさを示す尺度として「標準偏差」があります(*1)。標準偏差とは、平均からの差のことです。 例えばヤクザ組織の2次団体A会は8つの下部団体を持っているとします。8つの下部団体の総構成員数は48人です。一方2次団体B連合も8つの下部団体を持ち…

母集団と標本

統計学の有用の1つとして、「部分の性質」から全体の性質を推測できることがあります。統計学では対象とする全体は「母集団」、母集団の中から調査の為に取り出された一部見本は「標本」と呼ばれます(*1)。「標本」の性質から「母集団」の性質を推測する統計…

俠道会2次団体・熊本同志会

1975年9月熊本県の大村一家から増永要グループが脱退、天山会を結成しました(*1)。増永要は1969年、28歳の時に岐阜県の山口組下部団体に入り、渡世人生を開始しました(*2)。1974年増永要は山口組下部団体を脱退、同年いきさつを経て、大村一家内に属すること…

テキヤ組織・源清田

かつて「源清田」という系列のテキヤ組織が東日本に多く存在していました(*1)。主に北海道、東北、北陸地方において、源清田の分家組織は活動していました(*1)。特に北海道では、丁子家、寄居と並び、源清田の勢力は強かったです(*2)。源清田の分家組織が集…

統計学のデータ

統計学におけるデータは4つに分けられます。名義尺度、順序尺度、間隔尺度、比例尺度の4つです。ヤクザ組織の世界で表していくと名義尺度とは、例えば指定暴力団を「1」、非指定暴力団を「2」と名義的に数値化する尺度のことです(*1)。順序尺度は、構成員数…

常盆の勤務シフト

1975年時、松田組2次団体・溝口組の賭場(大阪市南扇町)は常盆でした(*1)。常盆とは、ほぼ毎日常設の場所で開催される賭場のことです(*2)。溝口組の賭場は、毎日開催できるだけの集客力を持っていたことが推測されます。溝口組の賭場において組員は「2日働…

丁字家グループの源流

テキヤ組織・丁字家グループの源流は甲州(山梨県)です(*1)。江戸時代から丁字家の源流組織はテキヤ組織として活動していました(*1)。明治初頭(1868年以降)、古田健太郎が親分-子分の関係に基づく組織(甲州丁子家)を結成しました(*1)。「甲州丁子家」…

輸入価格と末端価格の「倍率」

アヘン戦争(1840~1842年)以前の清国において、アヘン末端価格は輸入価格の5~10倍と推測されています(*1)。当時の清国にとってアヘンの広がりは社会問題でした。現代の日本においては覚醒剤使用が社会問題となっています。 日本の覚醒剤市場はヤクザ組織が…