裏社会の資金獲得活動

賭博において「駒」とは、賭ける金銭のことを指します(*1)。「駒を回してくれ」という言葉は、「賭け金を貸してくれ」という意味です。 <引用・参考文献> *1 『賭けずに楽しむ日本の賭博ゲーム』(伊藤拓馬、2015年、立東舎), p142

賭博場開帳等図利罪

賭場の開催者(胴元)に対する罰則として、賭博場開帳等図利罪があります(*1)。刑法186条2項において賭博場開帳等図利罪が定められています(*1)。刑法186条2項は、賭博場開帳等図利罪の該当者を、3カ月以上5年以下の懲役に処するとしています(*1)。 稲川会初…

賭場開帳を巡る抗争

1881年(明治十四年)幸平一家と小金井一家は縄張りを巡り、抗争に至りました(*1)。幸平一家、小金井一家ともに博徒組織で、また幕末に結成されました(*1) (*2)。沼袋(現在の東京都中野区)の神社にて、幸平一家側による賭場の開帳が抗争の発端でした(*1)。…

賭場荒らし

太平洋戦争終了後(1945年以降)、愚連隊は博徒組織の賭場を荒らしました。賭場荒らしとは、賭場を武装襲撃し、賭場にある金を奪い取ることです(*1)。博徒組織は当然、警察当局に頼ることはできず、自力で犯人を捕まえなければなりません。 畔田吉清一家(双…

胴前

賭博において「胴前」とは、「子(客)全員の1回賭け金額の上限額」のことを指します(*1)。胴前が多い賭場は、客に支払う金が充分あることを意味します。逆に、胴前が少ない賭場は、客に支払う金が少ないことを意味します。ちなみに「胴」とは、賭博をする…

貸元

「貸元」という役職があるヤクザ組織は、元博徒組織系である可能性が高いです。貸元は、主に関東の博徒系組織で使われてきた言葉です(*1)。貸元は「一定の縄張りの管理を任された者」という意味です(*1)。 貸元より上位に位置する役職が、「総長」です(*1)。…

トンネル会社

金融機関による不正融資の方法の1つとして、トンネル会社の活用があります。まずペーパー会社(A社)が作られます(*1)。金融機関はA社に融資をします(*1)。A社は、融資された資金を使わず、B社に融資します(*1)。金融機関にとって「貸した相手」はA社です。A…

企業舎弟による手形の活用方法

企業舎弟とは、ヤクザ組織と関与している経営者または会社組織のことです(*1)。「企業舎弟」という言葉は、警察当局により用いられてきました(*1)。企業舎弟は表向き、合法的に事業を営んでいます。 企業舎弟の資金獲得手段の1つとして、関係企業の手形の乱…

覚醒剤の価格変動(元売り~小売)

日本国内の覚醒剤市場において長年「供給役」を担ってきたのがヤクザ組織です。1995年の資料では、ヤクザ組織(元売り)は「海外の生産者」から1gあたり約1,000円で覚醒剤を仕入れていました(*1)。1kg(1,000g)に直すと、生産者からの仕入れ価格は約100万円で…

コロコロ

太平洋戦争終了(1945年)以降、沖縄のコザ(現在の沖縄市)では、「コロコロ」という青空球技賭博が行われていました(*1)。喜舎場朝信をトップとする組織がコロコロを管理していました(*1)。1952年頃、喜舎場朝信は構成員300人のコザ派を結成していました(*…

賭場の共同運営

博徒組織にとって元々縄張りとは、賭場開帳の権利を持つ地理的範囲のことでした(*1)。例えば生井一家は、戦前(1945年以前)、東京日本橋の人形町を中心に広大な縄張りを持っていました(*2)。生井一家は、人形町付近一帯で、賭場開帳の権利を有していたとい…

日本で生まれた覚醒剤・メタンフェタミン

覚醒剤は日本において、覚せい剤取締法制定の1951年から違法薬物となりました(*1)。1951年以前覚醒剤は「ヒロポン」という商品名で気管支喘息やうつ病の治療薬、滋養強壮剤として使用され、合法的な存在でした(*1)。主な覚醒剤の化学物質は、アンフェタミン…

赤線と青線

太平洋戦争後の日本の風俗業界において、1946~1958年の間、「赤線」と「青線」という言葉が使われていました。赤線とは、「公的に売春が認められた地区」を示す言葉でした(*1)。対して青線とは、公的に売春が認められていないけれど売春活動がある、つまり…

ヤクザ組織はスカウトマンを通じて力を及ぼす

一昔より目立たなくなったとはいえ、繁華街で未だに若い女性に声を掛ける男性達つまりスカウトマンがいます。女性に無視をされても、横を歩きしつこく話しかけてきます。さすがにしばらく女性が無視し続けていると、スカウトマンはあきらめます。しかしスカ…

ぷうばい

かつて「ぷうばい」という商売がありました(*1)。乗車券や入場券などを不当に多く買い、買えなかった人々に割増で売るのが「ぷうばい」でした(*1)。「ぷうばい」は漢字に直すと「符売」で、不当な転売ビジネスでした。 <引用・参考文献> *1 『親分 実録日…

不動産屋を通じてミカジメ料を徴集していたヤクザ組織

店舗型の違法ビジネス業者(ex裏カジノ、ボッタクリ店、裏ビデオ店)は、ヤクザ組織の影響下の不動産屋から店舗を借りることがありました(*1)。店子の違法ビジネス業者は不動産屋に相場より割高な権利金や家賃を払いました(*1)。相場より高くなっているのは…

常盆の勤務シフト

1975年時、松田組2次団体・溝口組の賭場(大阪市南扇町)は常盆でした(*1)。常盆とは、ほぼ毎日常設の場所で開催される賭場のことです(*2)。溝口組の賭場は、毎日開催できるだけの集客力を持っていたことが推測されます。溝口組の賭場において組員は「2日働…

輸入価格と末端価格の「倍率」

アヘン戦争(1840~1842年)以前の清国において、アヘン末端価格は輸入価格の5~10倍と推測されています(*1)。当時の清国にとってアヘンの広がりは社会問題でした。現代の日本においては覚醒剤使用が社会問題となっています。 日本の覚醒剤市場はヤクザ組織が…

博徒系組織と土建業

ヤクザ組織は昔から土建業界に関与してきました。ヤクザ組織が得意としたのが「人夫出し」つまり人材派遣業でした(*1)。人夫出しとは、日雇い労働者を徴集し、現場に送り出す業務でした(*1)。 ヤクザ組織は日雇い労働者の賃金から徴収することで、利益を得て…

博徒組織と興行

博徒組織と興行は歴史的に深く関わってきました。博徒組織は江戸時代の宿場町で組織的発展をしました(*1)。昔から博徒組織は見世物小屋や相撲興行から「ミカジメ料」を徴収しました(*1)。博徒組織は賭博という来客商売を営む性格上、土着的になり、自身の縄…

オチ

ノミ屋において「負けた客に対する払戻金」は、オチと呼ばれました(*1)。オチ(払戻金)は、一部のノミ屋で実施されていました(*1)。ノミ屋では投票券1枚100円でした(*1)。オチは1枚10円で、10枚(100円×10枚)買ったものの全て外れた客には100円帰ってきま…

常敷

賭場は「しき」とも呼ばれていました(*1)。「屋敷」から来ているとも言われています(*1)。常設賭場は「常敷」と呼ばれていました(*1)。 <引用・参考文献> *1 『親分 実録日本俠客伝①』(猪野健治、2000年、双葉文庫), p223

角力博打

明治時代(1868~1912年)、角力博打が流行りました(*1)。角力(かくりょく)とは相撲のことで、角力博打は文字通り、相撲の勝敗に賭ける博打でした(*1)。1897年頃、京都の中心部では、四ケ所の角力場において、毎月角力が開催されていました(*1)。四ケ所は、…

小金井一家と興行

博徒組織は興行の領域にも手を出していました。博徒組織には、普段から博打客を抱えていたことから、「集客力」がありました(*1)。興行を巡るトラブル収拾には、博徒組織の「暴力装置」の威光が働きました(*1)。興行は、博徒組織にとって活動しやすい領域で…

マネーロンダリングに利用されるフロント企業

ヤクザ組織の構成員により実質的に支配されている会社は「フロント企業」と呼ばれます(*1)。暴力団対策法が施行された1992年以降、警察当局が「フロント企業」という言葉を使いだしました(*2)。 ヤクザ組織がフロント企業を持つ目的の1つにマネーロンダリン…

覚醒剤末端販売の利益率

ヤクザ組織にとって覚醒剤販売は利益の大きい資金獲得業です。末端購入者(消費者)は覚醒剤に身体及び精神面から依存する為(*1)、結果購入を繰り返してしまいます。また覚醒剤を使用し続けていると、耐性ができ、前と同じ使用量では効用を得られにくくなり…

ノミ屋の配当率

ノミ屋では公営ギャンブルを活用した賭博サービスが提供されます。ノミ屋の存在は違法です。またノミ屋を利用することも違法です(*1)。ノミ屋は公営ギャンブル開催者と同様、胴元の役割を果たします。ノミ屋は客から買い目と金額を電話で受け付け、当たった…

盆暮れの覚醒剤末端価格

覚醒剤の末端価格(消費者価格)は1パケ(0.3g)1万円でした(*1)。消費者は覚醒剤を最小で1パケから購入できました。覚醒剤1回分の使用量は0.02~0.03g でした(*2)。1パケに約10回分の使用量が入っていました。しかし覚醒剤を使用するにつれ、耐性ができ、1…

パチンコ店のミカジメ料

公営ギャンブル(競馬、競輪等)を除いて、日本では賭博ビジネスは法律上認められていません。しかし実質パチンコ店は賭博ビジネスを行ってきました。 パチンコ店は景品交換所を介して、勝った客に金を渡しています(*1)。パチンコ店で勝った客に金を渡すのは…

博徒組織の高寅一家

双愛会2次団体・高寅一家は千葉県銚子市を拠点に活動してきました(*1)。銚子市は千葉県北東部に位置し、太平洋に面する漁業の街です。双愛会2次団体・上金一家、寺島一家も銚子市を拠点に活動してきました(*1)。 高寅一家の創設者は高橋寅松でした(*2)。高橋…