カルテルの武器の調達先

メキシコの麻薬密輸組織(カルテル)(*1)は、アメリカ国内で製造及び販売された武器を主に使用していました(*2)。2008年メキシコ政府が押収した6,000丁近い銃のシリアルナンバーを調べたところ、5,114丁がアメリカの銃器店で販売された銃であったことが明ら…

仲仕

明治時代以降(*1)、港湾荷役に従事した労働者は「仲仕(ナカシ)」と呼ばれました(*2)。当時の港湾荷役において、艀(はしけ)と呼ばれる自走できない特殊な港運船が重要な役割を果たしていました (*3)。昔の港は水深がなく、大きな貨物船は港に直接接岸でき…

複利計算

複利計算の内容は以下です(*1)。 A=「1年間の複利回数」、B=「運用期間中の全複利回数」です(*1)。「1年間の複利回数」とは、1年間に利息が元本に組み込まれる回数のことです(*1)。6カ月複利の場合は「2回」、3カ月複利の場合は「4回」となります(*1)。 3…

胴前

賭博において「胴前」とは、「子(客)全員の1回賭け金額の上限額」のことを指します(*1)。胴前が多い賭場は、客に支払う金が充分あることを意味します。逆に、胴前が少ない賭場は、客に支払う金が少ないことを意味します。ちなみに「胴」とは、賭博をする…

長期金利とは

経済ニュースでよく出てくる「長期金利」とは、「新発10年物国債の利回り」のことを指します(*1)。「新発10年物国債」とは、新たに発行された償還期間10年の国債のことです(*1)。「流通利回り」とは、銀行や証券会社が流通市場(既発債の売買市場)で債権を…

東北神農同志会の会則二十七条

1986年5月、東北地方で活動するテキヤ組織17団体により、親睦団体「東北神農同志会」が結成されました(*1)。参加団体は西海家、東京盛代、不流一家、源清田、飯島、桝屋、姉ヶ崎、極東、花又、松前屋、寄居、会津屋、梅家、丸正、奥州山口、両国家、丁字家の…

名古屋のテキヤ業界の実力者

1945年以降、名古屋のテキヤ業界の実力者として知られたのが、高島三次でした(*1)。1948年時点、高島三次は矢野睦会(名古屋)という組織を率いていました(*2)。 <引用・参考文献> *1 『実話時代』2019年9月号, p85 *2 『戦後ヤクザ抗争史』(永田哲朗、20…

上滝一家

1945年以前、上滝一家というヤクザ組織が佐賀県で大きな縄張りを持っていました(*1)。上滝一家二代目・上滝英は、太平洋戦争終了後(1945年以降)、上滝建設を作りました(*1)。また上滝英は、長崎県の博徒組織・宮久一家トップの宮崎久次郎と兄弟分の仲でし…

興行系ヤクザの全国組織

大正時代の1920年、興行系のヤクザ組織が集い、全国組織・誠友会が結成されました(*1)。木下唯助が創立委員長となりました(*1)。木下唯助は、興行界の大物親分・木下藤十郎の実子でした(*1)。最盛期で、誠友会の会員数は1万人を超えたと言われています(*1)。…

庭主と帳元

テキヤ組織のトップを表わす言葉として、庭主や帳元があります。しかし庭主と帳元の意味は少し異なります。 庭主は別名「世話人」とも呼ばれ、テキヤ組織のトップであると同時に、高市(タカマチ)の管理者でもあります(*1)。庭主は高市における露店の配置権…

名古屋の鈴木組

1949~1950年頃山口組は、名古屋を活動拠点とする2次団体(鈴木組)を持ちました(*1)。当時の山口組は、田岡一雄三代目体制(組長在任期間:1946~1981年)でした(*2)。鈴木組は鈴木光義をトップとし、名古屋港の港湾荷役を主な稼業としていました(*1)。鈴木…

貸元

「貸元」という役職があるヤクザ組織は、元博徒組織系である可能性が高いです。貸元は、主に関東の博徒系組織で使われてきた言葉です(*1)。貸元は「一定の縄張りの管理を任された者」という意味です(*1)。 貸元より上位に位置する役職が、「総長」です(*1)。…

QS

先発投手の能力を示す指標の1つがQSです。QSとは、Quality Startの略です(*1)。6回以上先発し、加えて自責点3点以内に抑えた場合、QSがつきます(*1)。勝利数は「自軍の打線の援護」にも影響されます。QSにおいては、投手の能力のみが現されます。全先発数に…

トンネル会社

金融機関による不正融資の方法の1つとして、トンネル会社の活用があります。まずペーパー会社(A社)が作られます(*1)。金融機関はA社に融資をします(*1)。A社は、融資された資金を使わず、B社に融資します(*1)。金融機関にとって「貸した相手」はA社です。A…

企業舎弟による手形の活用方法

企業舎弟とは、ヤクザ組織と関与している経営者または会社組織のことです(*1)。「企業舎弟」という言葉は、警察当局により用いられてきました(*1)。企業舎弟は表向き、合法的に事業を営んでいます。 企業舎弟の資金獲得手段の1つとして、関係企業の手形の乱…

融通手形

商取引の決済手段の1つとして、手形の利用があります。手形とは、即時支払いをしないが、期日までに支払う約束をする「証文」です(*1)。手形の利用により支払い側は、「支払いの延長」という時間を獲得できます。手元に現金を持っていない場合、手形は役立ち…

ホウエ

テキヤ業界において、ホウエは「月例の縁日」を指しました(*1)。月例とは、毎月定期的に行われることです。つまりホウエは「毎月定期的に行われる縁日」のことでした。テキヤ組織にとってホウエは重要であったことが推測されます。 <引用・参考文献> *1 『…

覚醒剤の価格変動(元売り~小売)

日本国内の覚醒剤市場において長年「供給役」を担ってきたのがヤクザ組織です。1995年の資料では、ヤクザ組織(元売り)は「海外の生産者」から1gあたり約1,000円で覚醒剤を仕入れていました(*1)。1kg(1,000g)に直すと、生産者からの仕入れ価格は約100万円で…

奪三振率

「三振奪取力」の指標として知られるのが、奪三振率です(*1)。以下の計算式で、奪三振率は求められます(*1)。 奪三振率=奪三振×9÷投球回 奪三振率は、9イニングつまり「1試合」あたりの数値に置き換えられる為、「×9」という処理がされています(*1)。「1投…

中島連合会の兄弟盃

太平洋戦争後(1945年以降)の京都ヤクザ業界において、1960年各組織が統合されました (*1)。組織名は中島連合会で、名前が示すように、中島会を軸とする連合型組織でした(*1)。中島連合会トップの会長には、中島会会長の図越利一が就任しました(*2)。図越利…

コロコロ

太平洋戦争終了(1945年)以降、沖縄のコザ(現在の沖縄市)では、「コロコロ」という青空球技賭博が行われていました(*1)。喜舎場朝信をトップとする組織がコロコロを管理していました(*1)。1952年頃、喜舎場朝信は構成員300人のコザ派を結成していました(*…

西日本の極東会組織

西日本の極東会組織として知られたのが、山本睦会でした(*1)。山本睦会は山口県防府市に拠点を置いていました(*1)。2003年時点で、山本睦会は極東会下部団体の中で唯一、西日本に拠点を置く組織でした(*1)。2018年極東会は1都12県を活動範囲としていました(*…

守備率

野球における守備能力の指標の1つが守備率です(*1)。守備率は以下の計算式で求められます(*1)。 例えば刺殺30、補殺40、失策4の選手の場合、守備率は0.946です。また刺殺5、補殺10、失策3の選手の場合、守備率は0.833です。打球処理機会に対し、失策をしなか…

賭場の共同運営

博徒組織にとって元々縄張りとは、賭場開帳の権利を持つ地理的範囲のことでした(*1)。例えば生井一家は、戦前(1945年以前)、東京日本橋の人形町を中心に広大な縄張りを持っていました(*2)。生井一家は、人形町付近一帯で、賭場開帳の権利を有していたとい…

奪三振と与四球の標準偏差

プロ野球で活躍する実力投手達の奪三振数、与四球数の「平均からの差(標準偏差)」を調べてみました。 2019年6月30日時点、規定投球回数(=チーム試合数)到達の両リーグ投手を対象にしました(*1)。セ・リーグの対象投手は11人、パ・リーグの対象投手も11…

GHQの団体等規正令

1945年8月太平洋戦争に敗れた日本はアメリカに占領されました。占領時、日本政府に影響を及ぼしたのが連合国軍総司令部(GHQ)でした(*1)。GHQはヤクザ組織を解散に追い込む為、団体等規正令を出しました(*1)。団体等規正令により1949年及び1950年に解散した…

説明変数と目的変数

統計学において「結果」の変数は、目的変数と呼ばれます(*1)。一方、「要因」の変数は説明変数と呼ばれます(*1)。覚醒剤小売価格の市中相場は季節によって変動します(*2)。盆暮れは覚醒剤需要が高まり、小売価格が高くなります(*2)。この場合、季節が「説明…

日本で生まれた覚醒剤・メタンフェタミン

覚醒剤は日本において、覚せい剤取締法制定の1951年から違法薬物となりました(*1)。1951年以前覚醒剤は「ヒロポン」という商品名で気管支喘息やうつ病の治療薬、滋養強壮剤として使用され、合法的な存在でした(*1)。主な覚醒剤の化学物質は、アンフェタミン…

WHIP

野球の守備おいて重要なのが「出塁」させないことです。「投手の1イニングに出した出塁数」の指標として知られるのがWHIP (Walks plus Hits per Inning Pitchedの略)です(*1)。WHIPの計算式は以下です(*1)。 <引用・参考文献> *1 『岩波 科学ライブラリ―…

ナシオトバイ

テキヤ組織の新人は「口上なしの商売」から露店稼業を始めました(*1)。口上なしの商売は「ナシオトバイ」と呼ばれました(*1)。口上技術の取得に一定期間が必要であったことが窺えます。 <引用・参考文献> *1 『親分 実録日本俠客伝①』(猪野健治、2000年、…